天国がある、として?

サルサミュージシャンは意外と現役な感じで亡くなっている人が多いんです。

オイラがオルケスタ・デ・ラ・ルスに必死になっているのも、そうゆう事柄が頭の隅にあるのかもしれない。

緒方拳さんも現役を貫きましたね。

亡くなる1週間前まで現場にいるのは、辛かったと思いますが、生きざまとしては羨ましくもあります。

オイラは死後は無になる、と思っているのですが、もし死後に天国とゆうものがあるならば…なんてことを珍しく考えてしまいました。

オイラがデラルスで演奏しているティンバレスとゆう楽器、この楽器の歴史的トッププレイヤーは故ティト・プエンテ。

この人とはレコーディングでのバトルが2回、一緒にやったライブは数えきれません。

なんと言っても、初めてニューヨークに行って叩いたのもティト・プエンテのステージへの飛び入りなのです。

オイラ、ニューヨークのサルサ業界からはリトルと呼ばれていました。

ティトのリトル、とゆう意味ですね。

ティトさんは数年前、それこそ現役なまま天に召されました。

もし、天国があれば、そこでは往年のサルセーロ達が毎夜、セッションしているわけです。

楽しそうでしょ?

初めてティトさんとジャムった時より今のオイラの方が豊かな表現が出来るようになってます。

天国には肉体がないので、現世で感じたり、学んだり、悟ったり、の経験値でセッションするわけですよね?

こう考えたら、オイラはまだまだ勉強しなくては、セッションに参加出来ないかも?なんです。


よく、オイラの書くことに「死」が出てきますが、ラテンでは死を想うことにより生を強く持つ考え方があるんです。

誰でも必ず死ぬんですから、いつでも死ぬ覚悟を持って今を生きようぜ!がラテンなのです。

そりゃ、今すぐ死にたくはないっすよ。

巷じゃ、死を宣告される映画が流行ってますが、実際はいつ死ぬか?なんて分かりませんし、いつ死んでもおかしくないのが地球上の生命体なので、常に後悔しないように生きようぜ!なのです。

そんなオイラも、今日は死ねないな?と思う日もありますが…。

まだ、天国でティトさん達とセッション出来ないかも知れないので、毎日を頑張ります。

誰だ?人生は長い!なんて教えた人は?

人生、残りのほうが短いようでビックリしています。

なので、あと10年はぶっちぎりでトライしてやろう!と思ってます。

四十半ばにして、そこそこぶっちぎってきたのですが、思ってたほどでかい花火を打ち上げたわけでもなく、とは言えなかなか楽しくありがたい時間が過ぎていって、このペースや雰囲気に慣れ、これが続くことを幸せと感じた瞬間、不安に見舞われました。

肉体的にも棒を振り回して魅力的に出来るのもあと10年くらいか?

自分じゃあまり肉体的な衰えがわからないから決められませんが。

ある時期から衰えが止まりまして。

自分が四十半ばになるなんて思ってなかったんで、なってる自分も不思議で、先を見れば還暦なんてのがボンヤリしてきているわけで。

与えられた命、肉体、時間をいかに有効に、燃え尽きさせられるか?

ここですね。

のんびり、ボンヤリ、ほっこり、は宮古島でオフの時の宝物にしておけばよく、日常は攻めて攻めて攻め続けるのが生きてる実感が湧くのです。

将来、何になるんだろ?と思いながら26年もミュージシャンをやってしまったので、今だに将来、何になるんだろ?と思ったりもします。

40歳代って考えますね。

社会にもまれる20歳代、充実の30歳代、で40歳代を30歳代と同じ気分で過ごしたらアッとゆう間に50歳代になっちゃうんですから。

今、いい感じなんですよ。

カッチョいい中年バンドやってますから。

汗かいてぶっ飛んだオヤジを目指してます。

どうせ死ぬなら太鼓叩きながら、です。

1日寝まくったら、元気になっちゃう肉体もあります。

自分で納得できる時間を過ごすことを心掛けるのが40歳代っすかね?

気合い入ります。

50歳代はもっとカッチョ良くなりたいっす。

な〜んて。

さて

シコチューのリハーサルが終わりました。

あとは本番っす。

プロデューサーの描いているものをダイレクトに制作することをなかなかやらないオイラですが、シコチューは年に一度の言うことを良く聞く日でございます。

自分の中にない絵を理解することは、自分の幅を広げるわけでして。

オイラも自分が仕切る現場が多いので、仕切られる立場になってみる、貴重なライブなのでございます。

楽しみです。


ところで、オイラはよく、正月の餅を詰まらせるのです。

オイラの死亡原因になる確率の高いのは、餅をのどに詰まらせて…なのです。

気を付けて餅は食べないと。

歯の生えてない幼児や、歯の弱い老人には、餅も気を付けて食べさせないと、です。


海外、特にアメリカあたりだと、歩行者は信号をよく見て渡る、じゃなく、車をよく見て渡ります。

信号が青だろうが、車が来るか?を見ます。

車が来なかったら、赤でも渡ります。

これが正しい、正しくない、とゆう話しをしようとはしてませんが、自己責任とゆうことで思うなら、日本人は環境に責任を委ねすぎているように感じます。

自分の否も認めたがらないから、外に責任を求める。

そりゃ、外には色々突っ込める問題は見つかるはずでして。

で、なんとか自分の責任を逃避させようとしている部分を感じてしまうのです。

色々な企業や団体が、クレームによって改善されていき、安全性や便利さを日々追究しているようですが、自らの責任も必要ではないか?と思うこの頃です。

車をよく見て渡りましょう。
餅は詰まらせてないように。

天から授かった壊れたオモチャ?

オルケスタ・デ・ラ・ルスでオイラが担当している楽器は、ティンバレスと言います。

サルサは、コンガ、ボンゴ、ティンバレスとギロやマラカスの振りモノの4つの打楽器でリズムを形成しています。

オイラのやってるティンバレスは、表にしか皮がない金属の太鼓でして、太鼓の縁を叩いたり、太鼓の上についているカウベルやシンバルを刻むのが主なプレイで、皮は時々叩くくらいです。

が、ソロ楽器でもありまして、デラルスの今回のライブでは4回もソロ(メンバーの中で一番多いっす)がありました。

今、ミュージシャンとして、ドラムセットを始め、あらゆるパーカッションを生業にしておりますが、このティンバレスって楽器は、天がオイラに授けてくれたのでは?と信じているくらい、オイラの代表楽器なのです。

この楽器をレコーディングしたい!となると、日本ではオイラにファーストコールってことになる場合がほとんどで、あらゆるレコーディングをしました。

この楽器の世界のトッププレイヤーとは、かなりの凄い人達と競演しました。

自分でも一番自信のある楽器です。


今宵、ティンバレスに出会えてよかったなぁ、と思っちゃいました。

文字で表現できない、声にもならない、もっと相対的な感情表現ができる道具なのです。

このような楽器に出会えたことがまず、オイラの人生の一番ラッキーな事であります。

そのティンバレスを本気で叩けるのは、デラルス以外ではありません。

他だと、周りのミュージシャンを食っちゃうくらい、凄いことになる道具なんで。

ティンバレスを本気でプレイできる、ってだけで、デラルスに人生をかける意味がありますね。

オイラは幸せ者っすね。

まだオイラのティンバレスプレイを直視していない方は、是非とも次回のデラルスライブにお越しください。

壊れたオモチャのようなオイラを見ることができますよ。

燃え尽きた!

いやぁ、凄かったっす。

エネルギーが集結した会場と時間でした。

燃え尽きました。

あまりにも素晴らしい時間だったので、今はどうして良いやら…腑抜けです。

ラテンはいいっすよ、やっぱり。

お客さんと演奏者のエネルギーの回し合いがぐるぐるして、とても幸せで、セクシーで、ぴーすな時間でしたね。

あまり余韻にひたっちゃならぬ。

今日はこれから、シコチューのリハーサルです。

四国で待ってる人の為にもいいライブにせねば。

切り替えが大変っす。

そのくらい昨夜は素敵な夜でした。

ありがとう。

| ホーム |


PREV PAGE «  BLOG TOP  » NEXT PAGE