サンタが川崎からやってきた!

クリスマスってのが近づいてきましたね。

昔からあまり好きじゃなくてね、クリスマスは、キリスト教徒でもないので。

正月のほうが好きっす。

クリスマスになると、女子が記念日にしたがったり、プレゼントを欲しがったり、が一番激しい時代に青春期を送ってしまったのが原因だろうなぁ。

クリスマスライブってのも苦手でして、街のイルミネーションを見てボーっとしちゃうニュアンスに便乗しちゃう感がこっ恥ずかしいのです。

クリスマスに浮かれてたまるかぁ!とゆう反骨精神があるわけです。

しかし、こんなオイラもお子ちゃまな頃は、サンタクロースを待ったものでした。

靴下に欲しいもののメモを入れてイブの日に床につけば、翌日のクリスマスにサンタの叔父さんがプレゼントを枕元に置いておいてくれる…と、かなりの年月信じていました。

はてな?と感じたのは、どうやら毎年、サンタクロースは川崎駅そばにあった「こみや」とゆうデパートから来てる、と解ったときです。

お子ちゃまながら、サンタクロースは外人さんだと知ってましたから、外人さんがわざわざ川崎駅のこみやに行って買ってくるのはおかしい?と考えられる年齢に達したのですね。

それから、この疑問を友達にぶつけ、情報を集めているうちに、あっけなくサンタクロースの正体が解り、ひとつ夢を失いました。

子供にとって、この瞬間がもしかすると初めて夢を失う事件なのかも知れませんね?

そして、その失ったはずのサンタクロースの夢を、もしかしたら?と夢捨てきれない人達がクリスマスを盛り上げているのでしょう。

キリスト教の方はもっと意味合いが違うんだと思いますが。

オイラは、そのクリスマスの奇跡を願っている群衆の為にサービスする側になりたくないので、今年も地味に居酒屋で飲んで、仕事は入れませんのよ。

天の邪鬼ですから。

<< 冬の大分の魚を喰う! | ホーム | お悔やみ >>


コメント

カワイイ〜

お子ちゃま時代のエピソードですね〜☆★私も一瞬だけ、そんな時代がありました。

大人になるにつれて、クリスマスや誕生日など記念日で浮足立つのが、こっ恥ずかしくなりますねぇ(->_<-)

クリスマスなんて、25日にはツリーから門松に変わるんですから(笑)
な、なんやこれは!なんか間違ってるやろ〜!と毎年思ううちに、冷めていきました。無宗教ですし。
世の中に躍らされたらアカン〜と思ってしまう、この時期です♪

大き過ぎたから?

「これ欲しい!買うて〜!」が口癖だった子供の頃、父が「よっしゃよっしゃ、わかったわかった、阪神百貨店も買うたるし、阪急百貨店も買うたるでぇ〜」と上手く交わされていた私は、本気でした。
ところが、いつまで経っても阪神も阪急も買ってくれません。
もう待てないと思った私は、サンタさんに手紙を書きました。
「阪神百貨店と阪急百貨店をください。」と。
そして、届きませんでした。
代わりに、ミルク飲み人形がありました。
『阿呆な…』と思いました。
親に「頼んだのとちゃうのがある!」とも言いました。
そしたら「あの白い袋に入るもんしかアカンの。」と言われました。
けど『なんで手紙に書いてないのに、ミルク飲み人形が欲しいのがサンタさんはわかったんやろ…』と何日か考えました。
サンタさんはいないのがわかったのはそれから3、4年後だと思います。
いないとわかっても、毎年手紙は書いてやりましたけど。
きっと親孝行で『うちの子供はサンタさんがいると信じている。』と親に夢を与えていたのでしょう。
嘘です。
先日、父に「とうとう買うてくれへんだね、阪神と阪急。」とゆうと「賢いおりこうにしてた子やったら買うたったで。あんぽちゃんの子やったから買うたれへんだんや。」と言われてしまいました。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

↑の方へ

お誕生日おめでとうございます。

12月と2月と9月は、オイラの周りは誕生日が集中してます。

12月はこの前birdも絢香も、もうすぐマーさんもですね。

因みに明日は冬至。

かなりスピリチュアルな日なんで、御祝いに酒を飲みます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

こみや!懐かしいですね〜。
ずいぶん前になくなってしまいました。
私はそこで中学の制服を買いました。

私は仲良くなると若干、体育会系の喋りで口が悪くなるのですが
川崎弁のせいとしておきます。
(ちなみに実際は超文科系)

↑の方へ

こみやで制服を作ってた、ってことは、川崎南部の方ですね。

南部はかなり素敵な川崎弁を使います。

オイラは、産まれたのが大師のそばで、育ちは中部のいかがわしさNo.1の新丸子でして。

子供の頃の新丸子は、花街でしたから。

芸者さんが三味線片手に歩いてたり、ヌード劇場の踊り子がヒモ連れて歩いてたり、なかなか迫力満点の町だったので、川崎弁も磨きがかかるのです。

新丸子は今、移住者のほうが増えて、昔の面影はありませんが、川崎北部の玄関口であるノクチには、まだスウィートではありますが川崎弁が残ってます。

スウィートな川崎弁も、東京の人からすれば、罵り合いに見えてしまうようですが。

ゲンタさん。コメントありがとうございます!
すっごくウレシイですv-14

まさしく南部の川崎区でした。今は幸区に住んでいます。
(ちなみに勤めている会社は中丸子の近く・・・・)
そして小学校は大師の近くの川中島小学校という
ところに通っていました。
3歳頃から川崎に住んでいるので、すっかり川崎っ子です。

友達の実家が大師で飲食店をやっているのですが
お正月に川崎大師で出店をやっており
初詣で関係者しか入れない裏の入り口から入って
ズルして初詣したことを思い出しました(笑)

本日はクリスマス。クリスチャンではありませんが
ケーキを食べました。

今年もあと少し。少し早いですが
来年もゲンタさんにとって素敵な一年になりますように!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP