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また早起き

また早起きしてしまった。

朝5時台に目が覚めるのは、若者じゃない証拠だな。

涼みに公園に来てボーっとしてたら、坊主頭のガキ共が朝から元気よく遊びにきた。

公園はオイラも含めてみんな坊主頭さ。

川崎のガキの夏のスタイルはやっぱり坊主頭だな。

まぁ、朝から元気がいいこと。

オイラは圧倒されて帰ってきました。

昨夜も、マイフェイバレット焼鳥屋の孫と遊んでね。

ヨーヨーが流行ってるらしくてね。

オイラ、40年くらい前に、ヨーヨー大会で川崎チャンピオンだったからね。

だいぶ下手になったけど、基本的なヨーヨー技くらいは今でもすぐに出来るからね。

孫がオイラを尊敬してたさ。

で、ブランコとゆう技ができない、ってゆうんでレクスチャー。

出来るようになったって喜んでたね。

友達に自慢できるぞ!

昨夜は、焼鳥屋ばかり3軒ハシゴするとゆう、謎な行動だった。

オイラの育った新丸子は、昔は料亭が建ち並ぶ芸者町だっただけあって、食文化のレベルが高い。

でも、昔みないな威勢のいい川崎らしいオヤジが町から減ったね。

オイラのオヤジが若いほうだったのに、そのオヤジが今じゃヨボヨボなんだから、あの頃の威勢の良かった皆さんのほとんどは今頃、天国で酒盛りしてるくらい時は過ぎたんだろうなぁ。

もう労働者の町ではなく、東京で働くホワイトカラーのためのベッドタウンになってしまったからな。

東京で働いて、家で発泡酒を飲んで寝るのかね?

個人経営の八百屋も魚屋もなくなってしまってて、みんなチェーン店のスーパーで買い物してるし、ね。

昔は、町中で同じような物を食べてたんだけどな。

八百屋や魚屋が仕入れた物を町中で消費してたからな。

どこん家の台所からも、似たような匂いが立ち込めてた。

今はないんだろうな?

お父さんも、寄り道せずに家で発泡酒。

これじゃ、日本も元気出ないよな。

川崎は、宮古島並みに三千円あれば焼鳥屋一軒は寄り道できる。

お父さんは三千円で寄り道をし、お母さんは悔しいから時々、ライブに行き、をみんなでやれば景気も良くなるのさ。

家で発泡酒!がほとんどだから、経済が回らないのだ。

働いた男には、止まり木が必要なのだよ、お母さん。

毎晩、お母さんの顔と愚痴を聞きながら発泡酒じゃ、体に悪い。

男同士の赤提灯飲みは、だいたい下品極まりないのだが、それは女性じゃ理解できない男のストレス解消とエネルギーとなるんだよ。

遊ぶために働くのさ!

楽しいことがなかったら、働く意欲もなくなるさ。

毎晩じゃ困るが、週に二回は赤提灯に寄らせるくらいに仕向けたら、いい仕事をしてくるようにもなるってもんで。

なんて思わない時代みたいね。

ま、いいか。

東横線沿線の方はぜひ、新丸子で飲食を試してみてくださいな。

東横線で飲食イケてるのは、中目黒、学芸大学、新丸子、綱島、白楽っす。

中目黒は有名だけど、他の駅周辺もかなり楽しいっすよ。

特に、神奈川県に入った新丸子と綱島と白楽は、旅行気分が味わえますぜ。

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チェゴヤ

いろんな韓国料理屋がチェーン展開してますが、チェゴヤのキムチとスンドゥブは最強っす。

ニンニクと唐辛子が足りない時にまず浮かぶのがチェゴヤのスンドゥブかニュータンタンっす。

毎日、食べても飽きないっす。

オイラも食べたくなったぞ!

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その店が出来たころは

その店が出来たころは一番、新丸子から離れて暮らしてました。

麻布十番に住んでましたな。

オイラからしたら、新しい店なんですが、もう20年以上やってますよね?

そっかぁ、オムライスが旨いのかぁ。

今じゃ納得できるオムライスは、大井町のブルドックまで行かないと出会えなかったんで、こりゃトライしに行ってきます。

新丸子も変わりましたけどね。

特に東口は。

オイラが育った頃の面影は全くないっす。

その面影を求めて、溝の口で暮らしてるんですが、ね。

オイラのルーツは丸子橋ですから。

歩いて渡るには簡単なのに、暮らすことの出来そうにない高級住宅街をずっと川崎側から見て、いつか東京でかっちょ良く暮らしてやるぞ!と夢見たガキでした。

20歳代後半には成し遂げ、思ったより盛り上がらず、結局は川崎に住んでますわ。

またゆっくり、新丸子に行きます。

暑いうちに。

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