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それは突然に!


今日は、やっと日中に「檸檬」を読みました。

毎年必ず一度は読む短編です。

何故か?

それは毎年違う感覚でキラキラドキドキする唯一の文章だからです。

オイラ自身の今、が自分でわかるのです。

あの短編にちりばめられた文章が、夏のキラキラと人としてのささやかなドキドキを感じさせてくれるからです。

もう90年も前の文章なのに、オイラの今を自分で知ることができる。

今年も素晴らしかったです。

そして今日は、マルイの上のホールに岡本太郎作品を発見しました。

「高津」です。

なんか凄く変でいいです。

そんな夏をエンジョイしていたら、オヤジから電話。

お袋が熱中症で倒れ、トイレに行くのも大変だから助けてくれ!と。

オヤジはパーキンソン病で最近、体が思うように動かなく、力も無くなってしまっていますから、ダッシュで実家へ向かいました。

介護って、こうゆう事を毎日生活としてやるのかぁ、と考えさせられた一日でした。

動けない人間の重さって、ハンパないっす。

一瞬で足首を痛めました。

まぁ、大変な一日。

お袋ダウン、オヤジはヨボヨボ。

ついに長男として、家長にならなきゃいけない日が来た気持ちです。

お袋のパンツを初めて履かせましたが、なんとも言えない哀しみがありますな。

長男がやってやらねば、なんですが、やはり初めてパンツを履かせるのにはなんとも言えない哀しみがあります。

飯を作り、体を起こしながら二人羽織りのように食べさせて、水分を取らせて、両親の弱々しい会話を聞きながら帰ってきました。

明日は朝7時から病院に連れていきます。

もう、宮古島に移住どころじゃないですな、実家のそばに越さなければ。

今日、オイラの好き勝手にやれていた日々が終わりを告げました。

今の町も気に入ってるし、湘南にだって住みたかったですが、実家の近所を早急に探します。

音楽をやるのにイメージ沸かなくて出ていった町です。

そこで新しい生活をすることが、きっと長男の役目なんだと思います。

実家の町に戻ってイメージ沸かなくてミュージシャンとして冴えなくなったとしたら、オイラもそこまでの才能だった、と言うことですな。

仕事も、音楽も大切ですが、両親にはこれだけ好きな事をやらせてもらい、人前で長時間演奏しても耐えられる肉体をいただき、なによりも全てを許してくれるらぶ!で包んでくれたこと、感謝しています。

このところは、やっと対等になり、旅へ連れていったり、ご飯に連れ出したりしましたが、もうオイラが家長になる時期なんですね。

何かが変わった特別な日を迎えた心境です。

出来る限り、頑張りたいな、両親の為に。

じゃ、明日も早いので寝ます。
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家族

いろんな事を考えました。
私は、両親を(2人とも)65歳代で亡くしました。
メイが赤ちゃんでしたので、孝行もできずに。
悔いは残りました。
でも、3人の孫を見せてあげた事が孝行なのかと。
最後は、杉並区から浜松(姉のところ)に引越したので遊びには、行っていました。
ゲンタさんの心境を察する事は、できそうにもないのですが・・・。
親孝行なお気持ちは素晴らしいです。
腰には、お気をつけ下さい。
  
PS:22日は、暑くて大変でしたが
良い想い出になりました♪
埼玉からは、遠かった!

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そんな日が・・・

来るんですよね、自分にも。。。

介護職として、駆け出したと同時に祖母の在宅介護が始まって、早15年以上、この仕事しか出来ません。
多くの人から「人生の素晴らしさ」学び見送りました。
でもね、必ずしも「子供や、連れ合い、嫁さん」にみてもらうのが幸せでもない時も、あるようですよ頑張り過ぎずに!

船旅が大好きだった方を、「宮古島の波CD」で送った事は私の宝物です。

徒然なるままに

ゲンちゃん そういう年齢だと覚悟していたほうがいいよ
モンテの看板娘は還暦年(11年前)の子供の日の明け方、脳梗塞で倒れました 現在宮古島の介護施設にいます
記憶の所々が切れているようで孫達の顔も覚えられないのが現状です

11年前の入院中は上から下まで、親子が逆になった生活でした

最初の2年は家族と交代でリハビリを頑張ったのですが、左半分は動かないまま現在にいたります
でも生きてます

私は仕事をしながら看板娘に会いに行ってます

ゲンちゃん 両親の有り難さはみんな知ってるし、あなたがその時間をどう使うかを気にしてるよ
実家の近くに引っ越しをするのも、もちろん、いい考えです

介護の力を信用して、あなたの仕事を通してみんなを元気付けるのも、選択肢に入れてほしいと思います

親があって自分がある

自分があるのはまわりの人たちがあるからだよね
親と時間と仕事

ゲンちゃん できるよ!

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いや~感心してます。

いつも親思いの姿に感心して学んでいますよ。自分は出来ているのか?って我を戒めてしまいます。人生の後半何を大事にするべきなのか・・・よく考えてしまいます。

おはようございます

熱中症にかかった方、かなりの数で増えているようですね。


まずは、お母様の容態が大事に至らず、回復されることを祈っています。


心配してくれてありがとう

幸いにも、実家はそこそこ財産があり(息子には借金だらけ、と嘘言って育てられましたが)家も10年以上前にバリアフリーな感じで立て替えたので、こんな息子孝行な両親はいません。

だからこそ、息子としての気持ちは面倒を見なきゃ!と常々思っていたのですが、昨日覚悟と決心をしたわけです。

両親がこの先、もっと老化してしまった場合、覚悟ある両親ですから、必要以上オイラの世話になろう、とも考えていないように思いますし、オイラも仕事がありますので、やれる範疇でしか出来ないでしょうが、自分にも後悔のないような接し方はしてあげたいな、と。

早くから家を出てしまったオイラが入れない両親二人の領域ってのも感じてますが、老夫婦二人じゃ出来ない事も沢山出てきましたしね。

家系的に平均寿命より短い人生しか送ることの出来なかった先祖なので、両親も覚悟は座ってまして。

ちなみにオイラも、ですが。

まぁ、そばにいてあげるだけで安心なのかな?と。

実家と言っても多摩川渡ってすぐの川崎市内。

今、日本で一番の人口増加している町ですから、なかなか引っ越しの物件も見つからないと思いますが、東京のセンターに出るのもたいして苦ではない場所ですし。

湘南や、まして宮古島から通う気だったと思えば楽な距離です。

正直、子供が両親を送ってあげる、って言う安心を親は願っているように思ったんですね。

それはオイラの両親が祖父母に対して行っていたことを見て、家族を送るってことは繰り返していくのだぞ!といつの間にか教わったんです。

いつかはサヨナラしなきゃならない両親と、出来るだけ時間を共有してあげたい。

いや、したいんですな。

ま、家長の意識を持つだけでも、だいぶ違ってきますよね。

気楽に付き合っていきますから、ご心配なく。

ありがとうございます。

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他人事ではない気持ちです

私も一人娘ですから、常に考えていることです。

うまい言葉が見つかりませんが
私もカラダはクタクタでも、可能な限り毎週
八王子から山梨の実家へ様子を見に行っています。

側にいないと、体力的に自分も潰れてしまいますね。

絶対的な強さを持っていると思って頼っていた両親が
いつの間にか私を頼るようになってきています。

いつ入れ替わったのかしら…

万人に公平にやってくる現実…ですね。

ただ、一人っ子は一人で抱えがちなので
ご両親共々、ゲンタさんもご自愛なさってくださいませ。

うまく伝えられなくてごめんなさい。


いつかはサヨナラしなくてはいけない両親と出来るだけ時間を共有したい…

常に感じていても、覚悟と決心をつけられなかったのでぼんやりズルズルとして時を過ごしてしまうものでした。
あ、と不安感じる一瞬があっても
そんなのは気のせい と自分の幼い子供心が気持ちごまかし、先送り。
大の大人が情けない…
元気な母を見る度、まさかまだまだだよね? と。

でも、私の場合、その日は突然深夜の電話で知らされました。

昨日は 覚悟・決意。 付けた日だったのですね。

『江川くん』が

一人の人間として
長男として

大きく、深い愛 ある成熟した大人 となり輝いて感じます。


何にも出来ませんが、
気持ちの上で、何時でも

らぶ

な温もりで
ギュッとハグさせていただいついますから…(ゲンタさんの好みの容姿でないので、有難迷惑!?かな(笑))

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ゲンタさんの決意にグッときました。



昨年私も、似たような決意をして3年住まわせてもらった宮古から大阪へ戻ったので…。



周りには色々と言う人がいたけど、無理に戻ってきた訳でもないし、これからの自分を諦めたつもりも全然なくって!またチャンスがあれば宮古にも住みたいですo(^-^)o


それに、今の私が毎日やるべきことを頑張っていれば、毎年5月に宮古へ行くことも、とんぼ返りながらも東京行って琉球ホリックで遊ばせてもらうことも家族は笑顔で送り出してくれることもわかったし!!



大変なことも乗り切れる位の楽しみを、見つけることが出来た私はラッキーです!それはゲンタさんに出会えたお陰だって、そう思える自分に産み・育ててもらった家族にも感謝です!!(←今、私の頭の中は良い感じですね・笑)




ゲンタさん、どうかゲンタさんらしくご両親と向き合って、これからの時間を過ごして頂きたいです。そしてまた来年、宮古で笑顔のゲンタさんにお会いしたいです(*^ー^*)






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家族


久しぶりに実家に帰りたくなりました

お母さん 早く回復されるといいですね

我が家はポックリ家系なんです。いつも電話で突然、知らされる別れ。
母方の祖父は夏休みで帰省していた時に心臓麻痺で倒れ、あっという間に亡くなったのを目の当たりにしたので、特にショックでした。まだ小学校一年でしたし。
そのせいか、命は突然終わるものだから悔いが残らないように、と思うようになりました。
人間、100%満足のいく結果が残せることなんてそうそうありません。でも、悩んだ末に出した結論ならいつか受け入れられると思います。
山本直純さんが昔、歌ってた「みーんな悩んで大きくなった。(あら?ゲンタさん、古すぎて知らないかしら?)」って名言だな、と大人になってつくづく思っています。

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わかります…

一人娘で育ったので、
ゲンタさんの状況、数年後の自分と重ねてしまいました。

実家には1時間ちょっとで帰れますが、
東京で仕事のことに悩みながらも生活できるのは、
両親が仲良く健康だから。

ゲンタさんにも新しい環境が待っているのだと思いますが、
その新しい環境のおかげで、
ゲンタさんのまた違う音が聞けたら、
聞いている私も頑張れそうな気がします。

8/20のイベント、
楽しみにしています!!

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なんとか

なんとかお袋は回復に向かっています。

ありがとうございました。

オヤジがポロっと言った、お前が来てくれるのが最高の薬なんだよ…と言う言葉を気が付かないふりをしながらも、今なお耳に響いている今日です。

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回復に向かわれているとの事、安心しました。身につまされすぎて、なんと書き込んで良いやら分からずにおりました。

私も一人っ子な上、うちは三年前に父を亡くしてまして、それまでの数年は介護生活でした。

兄弟がいないということを不自由に思った事なんか、一度もなかったのですが、こういう状況になると「姉でも兄でも、下の兄弟でも、一人くらいいてくれたらよかった・・」と思いました。

一人で暮らしている気丈な母も、最近はいろいろと身体に不安が出て来まして、言下に「近くに住んで欲しい」と思っているようです。

ゲンタさんのお引越、ご両親ともとても喜ばれると思います。「ちょっと実家にお茶しにきました」でも、ご両親にとって、ものすごく生活のハリになると思います。
介護を「仕事と両立するもの」と考えがちになっていましたが、「生活」として考えると、私はだいぶ気分的に楽になりました。

ご両親に、らぶとぴーすを、届けてあげてくださいね。

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