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マナー。

誰もが同じはずはないし、そんなことは必要ない。

が、あまりにも違う発想過ぎるのも、大変ですな。

みんな日本は義務教育を受けています。

教育って、要は国家コントロールのひとつと思っています、良くも悪くも。

国家にコントロールされ過ぎた人達を解放する役割のひとつに音楽の仕事がある、とも思っています。

もちろん、そんなこと言ってるオイラは、日本の教育を受けながら、常に疑問を持っていた問題児だったのですか。

国家コントロールについてのオイラが思う点は、しょっちゅうこのブログでも議論していますな。

これを書くと、お怒りな方が出てきます。

まさに、国家コントロールされてるなぁ、とオイラは感じちゃうんですが。

国家コントロールがいかなるものか?は、海外に出掛けるとよく分かりますよ。

日本が本来持っていたしきたりや伝統を、国家コントロールで格好悪いような印象を植え付けたり、個人の意見よりマニュアルやルールで縛り、ひとりの日本人としてより、日本人の中のひとり、に意識を持たせることで、アメリカに逆らわない日本国家の出来上がり!となるんですな。

まぁ、そんなんじゃ収まらない気持ちのぶつけ所に、音楽があったら幸いっす。
国家コントロールは悪いだけじゃなく、必要なことも沢山ありますから、ね。

これがないと、日本と言う国家が成り立たくもなる。

前にも書いたように、江戸時代が歴史上世界で一番幸せだった瞬間としてあるとしたら、何故?明治維新は必要だったのか?

そこには外国の文化の発達による侵略への危機から逃れる為、ということも大きいでしょうが、その後の日本は軍事国家となり、戦争が大好きな国家になってしまいます。

そして戦後60余年でまた、こんなに別な国へ変わっています。

まるで明治維新がとても正しかったか?のように日本は伝えますが、真相はいかに?

戦争をするも、しないも、国家に委ねちゃう国民性なんですからな。

しかしこれからは、多少乱雑になろうと、一人ひとりが学び考え、想いをぶつけ合い、ひとりの日本人が沢山集まった日本を築くべきなのです。

こう言った考えの持ち主であるオイラは、ルールとかモラルって言葉が嫌いなのです。

大切なのは、人に対しての個人のマナーでいいはず、と考えています。

理想論ですが、ね。

ルールやモラルと言うマニュアルではなく、個人がマナーを学び、個人がマナーを実践して、マナーの良さを体感し合いながら伝導していくことが、素敵な人間社会、素敵な人生を送ることが出来る業だと思っています。

マナーは粋です。

マナーはカッコいい。

マナーは与える為のもので、要求するものではなく、でもその気配りに心が暖かくなります。

ルールやモラルは、守らなきゃいけないもの。

守らない人はワルであり、ルールやモラルを守ろうと努力している人達に攻め立てられます。

ルールやモラルを守ることが大切で、そのルールやモラルは誰かが作ったものであり、それに自分を合わせるのに必死になってきます。

こんなにわたしが必死にルールやモラルを守ってるのに、なぜ守らない人達がいるの!と怒りたくなる気持ちもわかりますなぁ。

もっと人間対人間で、泥臭くやりたいなぁ。

自分とは違う人間が集まっているんだ、ということ。

思いやり、お互いを尊重すること。

個人の損得勘定ではなくて、その場において一番適切だと思える結論に向かえること。

与え合うこと。

これが出来れば、あとは日々勉強していくなら、ルールやモラルなんてカテゴリーがいらなくなるんですが、ね。

社会人として、当たり前に人として学んだだろうことをやれない人達がいる。

損得勘定で、自分が絶対に損せずに得だけしたい人達がいる。

ルールやモラルを、破りたいストレスが溜まっている人達がいる。

それがあるから、ルールやモラルも必要になっちゃうんですけど、ね。

ルールやモラルを学びたいとは思いませんが、マナーは一生かけてもっと学んで、粋なじいさんになりたいですわ。

と言う、ゴキブリ被害VS野良猫愛好家の悩みから発展したお話しでした。

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去年の秋、鎌倉のお寺で猫に餌を与えてるおばさんがいました。

私たちは同じ敷地内で仕事をしてました。スタッフの一人が荷物を運ぼうとしたところ、おばさんが道をふさいでいたので「通らせてもらえますか?」と声をかけました。

すると、おばさんの顔は一瞬にして鬼のような形相になり「私が一体なにをしたっていうの!」とものすごい声で怒鳴り返してきました。

そこからは堰を切ったように、猫がどれだけ可哀想か。自分が猫のためにどれだけのことをしているか。
市や国は何もしてくれないんだ。弱いものは死ねばいいのか?などなど、町内中に聞こえるんじゃないかってぐらいの大きな声で叫び続け、私たちは仕事の中断を余儀なくされました。

多分、このおばんさんはいつも餌をあげるなとか何とか色々言われ続けていて、自分に声をかけてくる人間は自分を否定する人間だってインプットされてるんじゃないかと思うんです。だから「通らせてください」も「餌やるな」「お前は悪者」としか聞こえてこない。

でもって、こっちは仕事ができないから困ってしまったわけです。

そこで登場したのがチーム1番の二枚目中年男性。

なだめるように、猫おばさんの話に相づちを打ち始めました。しかし、二枚目威力も通じないのか猫おばさんのマシンガントークは止まりません。

それでも二枚目男性は諦めず、気づくと猫おばさんの肩に手なんかまわしたりして、猫おばさんもヤメてください。とその手を払いのけながらも声色はさっきのトゲトゲしさはなくなっていて、おやおや?と思いながら見守っておりました。

10分後、二人は意気投合してました。
世界の平和には、男と女が必要なんだって思った瞬間でした。おかけで仕事は無事終えることができました。

もちろんこれはその場限りで、根本的なことは何も解決してません。ただ道理や理屈ではない解決の仕方に説得力があって印象深い出来事として私の中に残ってます。

ゲンタさんの町の猫愛好家さんたちとの間にも、どこかに解決の糸口があると信じてます。

人間同士ですもんね。



去年の秋、鎌倉のお寺で猫に餌を与えてるおばさんがいました。

私たちは同じ敷地内で仕事をしてました。スタッフの一人が荷物を運ぼうとしたところ、おばさんが道をふさいでいたので「通らせてもらえますか?」と声をかけました。

すると、おばさんの顔は一瞬にして鬼のような形相になり「私が一体なにをしたっていうの!」とものすごい声で怒鳴り返してきました。

そこからは堰を切ったように、猫がどれだけ可哀想か。自分が猫のためにどれだけのことをしているか。
市や国は何もしてくれないんだ。弱いものは死ねばいいのか?などなど、町内中に聞こえるんじゃないかってぐらいの大きな声で叫び続け、私たちは仕事の中断を余儀なくされました。

多分、このおばんさんはいつも餌をあげるなとか何とか色々言われ続けていて、自分に声をかけてくる人間は自分を否定する人間だってインプットされてるんじゃないかと思うんです。だから「通らせてください」も「餌やるな」「お前は悪者」としか聞こえてこない。

でもって、こっちは仕事ができないから困ってしまったわけです。

そこで登場したのがチーム1番の二枚目中年男性。

なだめるように、猫おばさんの話に相づちを打ち始めました。しかし、二枚目威力も通じないのか猫おばさんの勢いは止まりません。

それでも二枚目男性は諦めず、気づくと猫おばさんの肩に手なんかまわしたりして、猫おばさんもヤメてください。とその手を払いのけながらも声色はさっきのトゲトゲしさはなくなっていて、おやおや?と思いながら見守っておりました。

10分後、二人は意気投合してました。
世界の平和には、男と女が必要なんだって思った瞬間でした。おかけで仕事は無事終えることができました。

もちろんこれはその場限りで、根本的なことは何も解決してません。ただ道理や理屈ではない解決の仕方に説得力があって印象深い出来事として私の中に残ってます。

ゲンタさんの町の猫愛好家さんたちとの間にも、どこかに解決の糸口があると信じてます。

人間同士ですもんね。



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