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名古屋の夜

名古屋の夜。

この数年、味わったことないくらい集客は少なかったけど、その分燃えたぜ。

少ない人を盛り上げるのは、一番大変なのさ。

がしかし、そんな逆境になると俄然、火が付くオイラなのさ。

そんか感じで、来てくれた人ひとり一人に演奏したのさ。

今、すっごい疲れてます。

名古屋は人が動かなくなったと、名古屋のオーガナイザーがぼやいてました。

待ってても人が集まらない時代なのですな。

ひと昔、週末ならどこのクラブも入ってましたから。

あまりイベントの内容関係なく。

オイラ、その当時からウィークデーの男!と言われ、ウィークデーにしかイベントをやりませんでした。

わざわざウィークデーに来てくれる人を対象にしたイベントをするほうが刺激的だったんで。

YELLOWの時も、今の琉球ホリックも、ウィークデーなのに集まってくれる人がいる。

これはクラブになんとなく…ではなく、ちゃんと目的をもって来てくれる人がいるから成り立つのです。

オイラも、その目的がはっきりするような企画で、分かりやすく提示をするようにイベントを制作しています。

さ、そろそろオイラも新しいくイベントを始める準備に入っています。

もちろんウィークデーっすな。

生音メインのクラブイベントを。

オジサン、残り少ないエネルギーをぶつけますぜ。

まだまだ、かき回さなきゃ、な。

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シブヤバイラ!

夏、してますか!

2010年の夏は一度しか来ない!

だから攻めいかなきゃ!ね。

そんなポジティブな皆に送る、デラルスのイベントが始まります。

シブヤバイラ!

渋谷とヤバイとバイラ(踊れ!)をかけたのね。

ネーミング付けるの、大好きでね。

要は渋谷でヤバイ夜に踊ろうぜ!と、言うイベントっす。

単純っ!

久しぶりにデラルスもライブするぜ!

ジョイントは、巷で騒がれている謎の5人組、サルサ5!

バーカウンターもあるんで、DJを楽しみながら飲むもよし、踊るもよし!

夏はまだまだ終わらないぜ!

詳しくは

2010年8月20日(金曜日!)
日本ラテン化計画2010 VERY BEST発売記念 シブヤバイラ!     

会場
Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE(東京都渋谷区道玄坂)
・ http://www.pleasure-pleasure.jp/access.html
出演者
オルケスタ・デ・ラ・ルス、SALSA 5
DJ GENTA / El Caminante Okamoto
時間
19:00~ DJ START
料金
前売4,500円
当日5,000円
(税込、1ドリンク、1フード代別1,000円)
(全席自由、入場整理番号付)

チケットぴあ(0570-02-9999)(Pコード:113-197)
ローソンチケット(0570-084-003)(Lコード:76739)
e+(イープラス)
・ http://eplus.jp
お問合せ先
Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE(電話:03-5459-5050、平日12:00~18:00)


待ってるぜ!

二度と味わえない味 7

生きてる間にいったい何ヵ国くらい旅をするのかなぁ?

オイラ、まさかこんなにいろんな国へ行くようになるとは、成人した時にも思ってませんでした。

山派じゃないオイラは行った国に海があれば、体を浸けてその海を味わってきました。

そのオイラが、まさか日本の宮古島という島の海にハマるとは思ってもみませんでした。

宮古島を知ってから、海外旅行はめっきり減りましたな。

予断ですが、日本の好きなビーチベスト20!と言うアンケートで、宮古島のビーチが4つも入っている。

砂山、新城、吉野、そして人気1位は前浜ビーチですって!

日本で一番人気のあるビーチでライブが開催出来る幸せを感じてます。


話しを戻して、海外に行ったらあまり観光地には行きません。

オイラが興味あるのは、その土地に日常生活している風景の方でして。

そして日常生活している町にある味を探すのが好きなのです。

出来るだけ地元の人で賑わう定食屋や屋台などで町の味を感じるのがたまらないのです。

あとは、その土地の女性と恋に墜ちることが出来たらパーフェクト!
もうその町の半分以上を知ったようなもんですわ。

恋に墜ちるのは難しいにせよ、味の探索なら簡単っす。

言葉なんてつうじなくても指差しでなんとかなる。

数も指で示せば世界共通!

そんなんで、いろんな味に出合ってきました。

オイラが調べた所、フランスとイタリアで旨いものを食べるなら、大枚が必要なようで。

一般的な飯屋は、期待ハズレっす。

ヨーロッパなら、ポルトガル、スペイン、ドイツ、ブルガリアが旨かったなぁ。

ポルトガルは、東京や横浜に行くつもりが川崎だった!感じの町ですが、料理と音楽は素晴らしい!

ファドを聞いた時の感動は今でも覚えています。

イタリアと違ってスペインはハズレが少なかったなぁ。

ブルガリアも、変わった国だけど、料理と音楽が凄い。

壷ヨーグルトはたまりませんぜ。

アジアは、まぁどの国も旨いっす。

黄色人種は舌が敏感なのです。

舌は一番に黄色人種、二番にラテン系なんでしょうな?

その分、耳があまり良くない。

発音が単純な感じなんですわ。

うまいこと出来てます。

ヨーロッパもラテン系の国が旨いなら、南米中南米もなかなかっす。

ポルトガル語のブラジルはさすがに旨い。

出されたもの全部旨かったっす。

野菜の鮮度は驚きっす。

日系人が集まるうどん屋の客が、どう見ても日本人にしか見えないのに、誰も日本語が話せなかった驚きは忘れません。

オイラが今でも忘れられないのはメキシコ。

メキシコシティーが車で渋滞の中20分も走った場所にそこはあるのです。

鶏の濃厚なスープの中にまだ若いトウモロコシをぶつ切りにして煮込んだ料理。

その中に豚の皮をせんべいのように揚げたものをちぎって入れ食べるのです。

それだけ。

これの専門店がのきを並べる町があるんです。

どの店もメニューはこれだけ。

あとビールくらいかな?

いる人達はみんなこれを食べる。

世界一美味しいと思っている食べ物は、バンコクのプーパッポンですが、これはまだいつでも行けるし、日本でもまぁまぁなプーパッポンも食べられる。

二番目に旨いと思う台北の鼎泰豊も、そんな遠くないし、本場とは雲泥の差だか日本にも高島屋系列に鼎泰豊が入っていて、雰囲気は味わえる。

日本のメキシカン料理屋に行っても、これはないですもん。

しかも本場じゃ、専門店がやっている。

専門店でやる料理を、その国の何でも屋みたいな所が仮に出していたとしても、大体ダメなんですわ。

韓国でも、参鶏湯やソルロンタンは専門店で食べる物。

台湾でも、小籠包も胡椒餅も専門店っす。


こんな旨いスープ、ないっすよ。

濃厚な鶏スープとトウモロコシは日本人にピッタリな味。

揚げた豚の皮がスープでふやけ、膨らんで旨いのです。

メキシコシティーには何度もトランジットで行きますが、その場所まで行く時間はなかなかないんです。

もう二度と味わえないのかなぁ?

もう一度、味わえることが出来たら、泣くでしょうね!

ちなみに、人生で一番旨かった焼き魚は、ブラジルの居酒屋で大将が焼いてくれたブラジルの鰺みたいな魚の塩焼きです。

名前が覚えられなくてねぇ。

メキシコ、いいっすよ。

郊外には素敵な町が沢山あります。

飯うまい。

しかしながら、一番旨かったのはメキシコシティー。

一晩に何度も銃声の音を聞く町っす。

でもあの味に逢えるなら、危険を冒しても行きたい!

そんな味なのです。

アサトのライブ

昨年、突然と星になったオイラの妹分であるアサトの事を忘れないぜ!ライブをやります。

と言うか、今でもいなくなった事が信じられないんだけど、ね。

いろいろと関わりのあったミュージシャンが集まり、アサトを想って演奏します。

生前、病気のこども達の為の慰安ライブをやりたがっていたそうで、その意志を継いで収益は全額、そうゆう団体に寄付する予定。

全スタッフ、出演者がもちろんノーギャラです。

アサトがいなくなって、オイラの周りのミュージシャンはポッカリ穴が開いてしまった感じなのです。

主婦だったアサトを強引にこの音楽の仕事に誘ったのはオイラ。

それから日本で一番忙しいコーラスになるまではあっという間でした。

そして若くして星になりました。

オイラにしてみると、あの時この音楽の仕事に誘った事は、アサトにとって良かった事だったのか?亡くなった日に悩みました。

きっと、短かったけど楽しかったよ!と言ってもらえるように、アサトの関わったミュージシャン一同とアサトの関わった音楽を演奏することで許してもらえるのでは?と思っております。

で、あまり湿っぽいライブはアサトに似合わないんで、明るくパッとやりますぜ!

ジャイブジャンボリーもやります。

詳細はこちら

Lady Soul
- ASATO memorial live -

10/5(火)Shibuya O-EAST

GENTA(Dr),田中義人(Gtr),樋口直彦(Gtr),渡辺貴浩(Key),河野
伸(Key),大神田智彦(Bass),Meg(Cho),
GUEST BAND : HOME GROWN
GUEST SINGER : ACO,bird, and more!!

open / 18:00 start / 19:00
オールスタンディング \4,000 (D別\500)

PG) 8/7(土)10:00~
ローソン 0570-084-002(Lコード:71825)
ぴあ 0570-02-9999(Pコード:115-196)
http://eplus.jp


http://www.myspace.com/asatoladysoul

asato_LadySoul

*本公演の収益金は、JHHHネットワークを通じて、
病気と闘う子供と家族のためのチャリティーとさせて
いただきます。

主催・制作:Lady Soul実行委員会



アサトを知ってる人も、知らない人も、アサトがこの10年くらいに日本の音楽シーンに残した軌跡とらぶ!を感じとりに来てください。

インフォメーション

7月30日、僕らの音楽にTUBEとデラルスのコラボで出演します。

その日は名古屋にオイラは行ってる。

イラストレーターのモシノ君のイベントでたっぷりbirdのアコースティックライブをやっています。

鶴舞あたりのクラブっす。

そう言えば、2週間水の泡作詞期間の話しがありましたな。

御大が書いてきたのをみたら、さすが!でした。

才能をください!って気分。

努力だけじゃどうにもならない事ってありますからな。

才能ないから努力するしかないんですが。

唯一、自分で才能を感じるのはティンバレスという楽器を叩いてる瞬間。

誰にも教えてあげられないし、と言って音楽的に需要も少ない。

あまり皆さんの前で叩く機会がない。

デラルスのライブに来てください。

ずっとティンバレス叩いています。

8月20日に渋谷でイベントします。

シブヤバイラ!

久しぶりにDJも、ね。

サルサ5とのジョイント。

夏を破裂させましょうぜ!

9月5日も浅草で

浅草ホリデー

やります。

午後6時30分オープン

イベントは11時頃まで。

あとはご自由に。

夏を楽しんでくれい!

二度と味わえない味 6

去年あたりは日本も昭和ノスタルジーブームみたいな波があって、映画でも「三丁目の夕日」シリーズや「20世紀少年」なんかで昭和を再現していましたな。

オイラは昭和30年代ギリギリ生まれ。

物心ついた時は戦後の匂いはなく、高度成長期の真っ只中。

見る見る世の中が変わっていく様を実感しながら育った世代です。

子供の頃、映画同様で、マスコミがブームを作ったわけではなく、秘密基地を仲間と作り、駄菓子屋は子供にしかわからないキーワードがいっぱいの社交場だったのです。

店のオバチャンがいないのを確かめ、糸引き飴の大きいのを逆に引き、動く糸を覚えてから「くださぁ~い!」なんて言ってね、ズルしてました。

アンコ玉という、アンコにきな粉をまぶしてあるものがあって、中に飴玉が入ってたら当たり!で、おっきなアンコ玉をオマケしてくれる。

アンコ玉を良く見ると、飴玉入りの当たりは少し大きくなってしまうようで、必ず当ててました。

麸菓子は20円するから、高くて買えなかった。

ヨグールも当たり付きだったが、ハズレると一口くらいしか中身が入ってないのでなかなか手を出せなかった。

あれは植物油に香料をいれてヨーグルト風にしてるんですよね?

チクロとかサッカリンとか合成着色料を沢山摂取した世代ですぜ。

ハッカ紙って知ってます?

A4の紙を少し縦長にしたようなものに、ざらざらと砂糖とハッカが塗ってある。

すごい着色料で絵が書いてあって、束の中から好きなのを選らんで引っ張ると、見えないようになってる部分に当たりハズレが書いてある。

当たると、真っ赤赤なニッキ紙がもらえる。

どうやって食べるか?と言うと、その紙をちぎってしゃぶるのです。

味が消え紙だけになったら、吐き出す。

これの繰り返し。

オイラ、好きだったんですよ。

駄菓子屋のメニューは、メジャーな物はなかったのが、ある日革命が起こります。

メジャーから発売された「仮面ライダースナック」

カルビーだったかな?

これが、マスコミの力も借りず日本中で大ヒット!

みんな、オマケのカードが欲しくて沢山買うわけだ。

オイラは貧乏な家庭って聞かされて育ったから、めったに買えなかった。

すると、スナックいらないからカードだけ金払って買っていく子供が増えて、スナックが大量に余っちゃってね。

ま、あまり美味しくなかったんだけどね。

確か30円。

スナックだけだと10円で売ってた。

これ、10円にしては中身が沢山入ってて腹持ちが良かったんです。

まずいから、5円の粉ジュースを中に入れてシェイクして食べると旨かった。

お菓子にお金出してオマケを貰うんじゃなくて、オマケにお金出してお菓子をないがしろにする感じが許せなくて、世の中に反抗して食べてました。

反体制の味ですな。

今じゃ粉ジュースも不味く感じるのだろうけど、あの時代は甘くていい香りがして、子供ながら華やいだ気持ちになる駄菓子だったな。

赤とか青とか、作り物の色に未来のドキドキ感を重ね合わせてたような気がする。

あの頃の具体的な未来像は21世紀だったんだけど、21世紀になったら思ったほど未来的じゃなかった…なんて考えてもいなかった。

車は空を飛び、テレビ電話で話し、舗道は動き、人はロボットのようなカッコをし…なんて未来は来なかった。

でもあの頃は、駄菓子食べながら大人になる頃には21世紀になる未来像を想像しながら、ナントカごっこに未来を重ね、夢見ながら遊んでいたなぁ。

必殺技も変身も本気で出来るようになる、って努力してたもんなぁ。

今の子供達にも、形は変わっても夢は見させてあげたい。

駄菓子屋は未来への扉だったんですな。

楽しい話題、ショックな話題

楽しい話題とショックな話題。

楽しい方から、ね。

山崎まさよし新曲発売されましたね!

「HOBO Walking」でいいのか?

オイラ、デラルスホーン、ノラが参加しております。

ミュージックコンベンションでやったし、ね!そんなメンバーで。

裏には宮古島への想いもあるらしい曲なんだって。

この曲で夏を乗り切ってくれい!

ショックだったのは、桑田さんの件。

桑田の病気はもちろんショックでしたが、早期発見っと言うことなので、じっくり治療して元気にまた歌ってもらいたいです。

日本のロッカーも、ハチャメチャ出来る人が少なくなっているから、桑田さんにはまだまだ頑張って日本を楽しくしてもらわないと、なんです。

ショックだったのは、このニュースを初めに知ったのはmixiでした。

mixiには、ニュースに対しての日記の欄があるのだけれど、その中に時々混じる悪意丸出しの文章。

こうゆうことをネット系で書くと大変な事になるらしいですがオイラは声を大にして言いたい、ありゃいかん。

病気になって大変な想いの人を励ますならともかく、その場に及んで悪意丸出しの言葉を書けるなんて、人として終わってますぜ。

もしくはその人自身が病気っす。

元気な人間に、何を伝えるか?は人それぞれあるでしょうから、意見も別れて当然でしょうが、病気の人にですよ、まともな人間なら決して言わない、書いてはいけない単語を書ける日本人が一人ではなく、案外沢山いることにショックを受けています。

不特定多数にはいろんな人がいる…のレベルじゃありません。

悲しくなります。

皆さんがオイラの両親の事を心配してくれて、とても嬉しく思ってたこの数日。

まだ世の中捨てたもんじゃない!と常に思って暮らしている今。

しかし、あんな輩が数多くいるとは。

アルカイダみたいな連中に何を言っても仕方ないのでしょう今日、しかし、今後の日本人が誇りある人間であるためには、やはり子供の頃からの教育をしっかりさせないと?と思いました。

それは学校教育だけの事ではなく、地域として子供を育てる!と言う責任が必要なのかな?と思います。

多少、ムカつく人でも、その人が具合悪くなったからって、ざまあ見ろ!とは言いわない気持ちくらいは日本人なら持ちたいものです。

言論の自由、大いに結構!

しかし悪意丸出しはいかんぜ。

芸能人やミュージシャンは、人気商売なんだから、知らない人からいろいろ言われても当たり前…って、芸能人やミュージシャン自身が思う事であって、都合良く理解して悪意丸出しは人としてしてはいけないはずなんです。

そんな事、当たり前にわかってなきゃ社会に出てはいけませんぜ。

叱咤や人間同士の意見の相違は、話しが合わなくても理解し合う努力があれば、お互いの立場を認め合えるはずですから、その条件の上でとことんやればいい。

が、悪意ある物事に対しては話し合える隙もありません。

汚い言葉を見て、気分が悪くなりました。

毒は周りを徐々に犯していきますし。

だから〆は、楽しく!

山崎のシングルで夏を乗り切ってくださぁいっ!

らぶ!をぴーす!を。

人を想い、暮らして行く美しさを忘れずに。

らぶ!は与えるものです。

与えまくれば世の中らぶ!だらけになります。

桑田さんにもらぶ!を。

mixiの記事に対しての日記は犯されるので見ないほうがいいですぜ。

二度と味わえない味 5

オイラはDanceBeatを叩く打楽器奏者です。

DanceBeatって?
そのまま、踊る為のBeatね。

近頃は踊る、と言うと、話題に踊るらしいけど、健康的にはBeatで踊るほうがよろしいか?と。

日本人は踊るのが苦手で、みんな同じ振り付けな盆踊りが染み付いているのが、サルサでもヒップホップでも、ダンスを勉強しちゃってる人達はダンスばかりに目がいき、音楽を勉強しなくなっちゃうのね。

バラードを聞く時も目を閉じてきいたりしますが、オイラはバラードというムードのDanceBeatだと思っていまして。

そのくらいDanceBeatにこだわっています。

アマチュアな頃、もっとDanceBeatを学びたい!と、いろんな先輩に相談したら必ず返ってくる答えは、ディスコで踊れ!でした。

DanceBeatは家で勉強するものではない、学校でも学べない、現場へ!ディスコへ!ってな感じですな。

当時、ディスコと言えば六本木、新宿、渋谷の順にランクが下がる。

ドレスコードがありまして、ね。

その店にふさわしい格好で行かないと入れてくれない。

その難しさランクっす。

六本木あたりは、有名人に金魚のフンみたいに付いてってやっと入れる。

頑張れて渋谷でしたな。

スペイン坂で割引券をもらって…からが大変。

ディスコって、男同士じゃ入れてくれない場合が多く、ましてや一人なんて絶対に入れませんでしたから。

となると、店前で女の子同士で入りそうなグループに声かけ、一緒に入れてもらうのです。

大変でしょ?DanceBeatの勉強は。

何組か声かけて、ようやく中へ入ると、女性無料、男性¥3000だったりしてね。

ほとんどのディスコが女性の料金が安く、もしくは無料でしたね。

中は一応、食べ放題、飲み放題みたいな謳い文句でして、テーブルに見たことがないウイスキー、フードは春巻、焼売、ポテトフライ、あと必ずフルーツパンチがあるのね。

ビールは別料金で、高級品。

バドワイザーなんかを飲んで決まる先輩とかに憧れたなぁ。

ディスコに黒人とかがいたら、Beatの取り方を必死に盗んでましたね。

ディスコは時代の最先端な音楽やファッションで溢れてましてね、ついていくのにも必死でしたわ。

そして、ま、出逢いもあるわけです。

ディスコってのは今のクラブとは違う点がいろいろあるのはわかっていただけたでしょうが、一番違うのはチークタイムが必ずあったのです。

日に3~4回?かな。

要はチークタイムまでに女の子といい感じになり、チークを踊る…までがストーリー。

我が青春の日々です。

これかまた、経済との戦いもあり、軍資金内でいかに効果的に奢り酔わせるか?がポイントでしたからね。

当時、トロピカルカクテルなる80年初頭の若者を酔わせたドリンクが流行りましてね。

定番は、オイラはソルティードッグ、彼女にスクリュードライバー!

ソルティードッグはウォッカにグレープフルーツですな。

グラスの淵に塩が付いてて、回しながら飲むのです。

スクリュードライバーは、ウォッカにオレンジジュース。

これはウォッカの度数を上げても口当たりが良いので知らぬ間に酔わせてしまう。

短期決戦、しかも経済的にこれで攻めてましたね。

フロアがマニアックな曲をかけている時に話しして、バーカウンターまで連れて行きこれを頼む。

数曲マニアックな曲が続いている間に上手く盛り上げ、その時のスマッシュヒット曲がフロアにかかればそれがDJからの合図。

フロアに流れこみ、3~4曲盛り上がると照明が暗くなり、チークタイム!っす。

このチークタイムで店外に二人して出られたらゴール!

しかし敵もそう簡単にはいきません。

これでダメな場合は、次のマニアックな曲までに別な女の子に接近していくのです。

時間が経てば、ディスコもムードが悪くなっていく。

懐も軽くなっていく。

あれ?DanceBeatの勉強は?

これも勉強です。

そして完敗し、口の中はグレープフルーツと塩で苦塩っぱくなり、とぼとぼ帰っていくしかない。

余っている春巻とフルーツパンチを自棄食いし、銘柄のわからない舌が痺れるウイスキーでうがいをして、帰るのです。

あの頃に飲んだソルティードッグの味は、80年代だったから旨かった。

80年代にはソルティードッグとガラムの煙草がピッタリだった。

ムスクや柑橘系のオーデコロンの香りと一緒に、オイラの80年代初頭の味と香りがディスコにあった。

隣には石原真理子バリな女の子がいたら最強だった時代。

チークを踊りながら唇を寄せたうなじから漂うムスクの香りは、きっと一番オイラを奮い立たせる香りなんだろうな。

そしてソルティードッグが恥ずかしくなく似合った時代。

結局、ディスコではDanceBeat以外に酒も女もカッコいい男も、切なさも学んだのです。

フルーツパンチ、まずかったな。

あの当時の真似してバーでソルティードッグを頼んでも間抜けな感じなんだよなぁ。

スクリュードライバー奢りたいっすな。

二度と味わえない味 4

オイラが育った町、東横線の新丸子は当時、西口は武蔵小杉までの続く道、東口は花街だった。

東口の花街をさらに行った、空き地だらけの一角の建て売り住宅をオヤジが20歳代で買い、一階が工場、二階が三畳と六畳の住居がオイラの家だった。

かなりいかがわしい町で育てば、自然に教科書に載っていない勉強も身につく…それが今のオイラを作ったのですな。

川崎の多摩川べりの橋の梺の町は、どこも似たようなものだったが、新丸子が一番ディープな町だったんだろうな。

丸子橋と言う、当時は小学校の社会科の公害のページの冒頭に写真に載る橋が川崎と東京を繋げているのです。

そもそも、町の名前が派手だったり、頭に新の字が付いている町はいかがわしい場合がほとんどでして。

新丸子が川崎で一番ディープだったのは、高度成長期で儲けた御大人物ってのが橋の向こうの田園調布ってブルジョアな街に住んでいて、その御大人物のドロドロを吐き出す為にあった、川向こうな町…が新丸子だったのです。

料亭、置屋、ヌード劇場、映画館、スマートボール、射的…もう毎日が祭り!みたいな町でした。

品もガラも悪い町でしたが、そうゆう町だから人情が厚く、あと旨い飯屋が沢山ありました。

今では日本で一番密集して人口の多い町になってしまいましたが。

もう当時の面影をほとんど残していない我が町ですが、西口すぐの場所にある三ちゃん食堂は今でもノスタルジックっす。

三ちゃん食堂の味はあまり期待してはいけない。

三ちゃん食堂が凄いのは、量と安さとメニューの多さ。

今でこそ、そこそこな値段を取りますが、あの量であの値段はなかなかありません。

客のメインは労働者と体育会系学生。

あと昼間っから堂々と飲みたい人ね。

三ちゃん食堂の名物は、当時二人のサーファー系娘がいて、なかなかべっぴんで、この二人が名物でした。

いや、看板娘って話しじゃないんです。

この二人は、沢山あるメニューから荒らくれた亡者が次々とオーダーするのに対して、メモもせず全て記憶して間違えることなくテーブルへ運ぶのです。

お勘定!と言うと、何も見ずにスラスラとその人がオーダーしたものを述べ、そのスピードで息を吸う事もなく値段を言う…とゆう特技のある二人でした。

ま、オイラより年上だったので、今ではすっかりオバサマですが、その特技は健在です。

オイラがプロに毛が生えたくらいな頃、何しろ食べますから、しかし金がない貧乏ミュージシャンのオアシスでした。

カツ丼が¥280で、喫茶店のコーヒーと同じ値段でした。

でもそんな高級なものは食べられなかった。

カツ丼ひとつじゃ足りなかったし、ね。

ご飯がどんぶりにマンガのような山盛りで¥100、味噌汁がラーメンどんぶりに入って¥100、そして皿いっぱいの刻んだ鯨ベーコンが¥150。

これが定番でした。

鯨ベーコンひとつで、ご飯どんぶり2杯お代わりするのが通常。

他のおかずは高くて食べられなかった。

ベーコンは酢醤油と辛子をよく混ぜぶっかける。

ベーコンの油で酢醤油は弾かれるけど辛子は残る。

これを熱々のどんぶり飯の上に乗せ、掻き込む。

途中でご飯が喉につまったら、味噌汁。

たんまり食べて¥500切る定食屋のメニューは他になかったし、何しろ鯨ベーコンさえあれば幾らでもご飯が食べられた。

三ちゃん食堂のほとんどのテーブルに鯨ベーコンはあったなぁ。

つまみにもいいし、ね。

あぁ、あの値段でおもいっきり鯨ベーコンが食べてみたい。

あの毒々しい赤の染料と白い油とちょっと付いてる茶色の肉よ!

三ちゃん食堂は今でも元気にやっていて、サバ味噌やアジフライなど痺れるメニューは健在ですが、鯨ベーコンはさすがにあの量あの値段では出てきません。

やはり貧乏は最強のレシピなり!ですな。


コメントであった、宝石箱?宝石?ってアイス。

あのピンクレディがコマーシャルやってた。

あれを懐かしむ女性は多いですね!

オイラは食べた記憶がない。

なくなってしまったお菓子とか、沢山ありますからね?

次回は…
何にしようかな?

独占

昨日は仕事が捌けた夕方6時頃までは、3日間抜いてるビールを久しぶりに…もしくは久しぶりに近所の温泉に…なんて考えていたのでした。

7時頃、辺りが暗くなってきたら、もう日頃の疲れか?眠くて何も考えられなくなって…きっと8時台には寝てしまっていたようです。

目が覚めたら朝四時。

今、薄明るくなった空に浮かぶ真ん丸な月を独占しているところ。

外は虫の鳴き声がステレオで程よく鳴り響き、雲ひとつない明け方の空にくっきり浮かぶ月を、心地よい風を受けながら独占しているのだ。

みるみる空は明るくなってきたけど、月は朝になるのを逆らうような輝きで、朝が来ることに抵抗しているようだ。

オイラの左側が赤く明るくなり、右側では月が逆らっている。

その真ん中をオイラが独占している。

夏の明け方を独占している。

まるで王様だな!

こんな贅沢はない。

突然、両耳にずっと鳴っていた虫の声がスッと消えた。

どうやら今からは本格的な朝が来たらしい。

今日も暑い一日になりそうだ。

王様は、みんなが幸せに一日を過ごす事を願おう。

みんなが目を覚ますころには月も朝日に負け、オイラもいつもなオイラに戻って、暑い一日が始まる。

まだ月は逆らってるぜ。

オイラも粘りある一日で行くぜ!

二度と味わえない味 3

確か、初めて行ったのはライブ帰りに大儀見元に、学芸大学に凄い旨い水餃子とニララーメンの店がある、と連れてってもらった時。

25歳くらいかなぁ?

カウンターとテーブル席二つのこじんまりした店で、まさかここまで旨い中華が食べられるとは思わなかったのでして。

壁に張ってあるメニューは、手書きで、漢字は達筆だが平仮名や片仮名はメチャクチャだった。

そして、しょっちゅう通って常連となるまでには大した時間はかからなかった。

上海から来た夫婦でやっていて、ご主人は上海大学の微分積分の先生で、中国の内乱から逃げてきた、との事。

元々は料理人ではなかったのに、素晴らしい味を提供する店でした。

この店に行ったら外せないのが、辛くてすぱいスプ(サンラータン)と、トマトと玉子の炒め。(本当にこう書いてあったんです)

これと水餃子、〆にニララーメンで天国に行けます。

最強は、トマトと玉子の炒め。

あの頃よく行った海外の仕事から帰ると真っ先にこの味を思い出していたなぁ。

炒め、と言うより揚げるに近い玉子にまだ少しだけ生っぽさが残るトマトが絡んで、味付けはよく分からないけど、何しろこんなに旨い玉子料理はこの先出合ったことがありません。

ゲンタ、トマトは何味?
トマトは酸ぱいと甘いだね?
たから、酢と砂糖をちょっと入れるよ!

と、味の秘密を教えてくれましたが、自分で作るとあのトマトと玉子の炒めの味にはなりませんでした。

毎年秋には、上海蟹尽くしのパーティーをやってくれました。

最初から最後まで上海蟹。

上海蟹食べたら、一週間は柿食べたらタメよ!
体冷えるよ。

と教えてくれましたっけ。

あと、
お店初めた頃、驚いたのは、餃子にライスって注文があったことね。
上海、餃子はサンドイッチと同じね。
サンドイッチとご飯一緒に食べないでしょ?
あと焼き餃子ないか?聞くね。
上海、焼き餃子ないよ。
たから水餃子ってメニューに書いたね。

…って話しを毎回聞かされました。

二人の食事が水餃子だった時を見たことがありますが、百個くらい食べてましたから。

ある日、奥さんがかなり高齢なのに妊娠し、それと時同じにしてご主人にガンが発見され、しばらく店を休んでた事がありました。

再開したと聞いて行ってみたら、
今度、ここは妹夫婦にやらせて、私達は両国にビル買たよ。
一階は味味で二階は麻雀屋、三・四階に住むのよ。

と言い、店を閉めました。

しかしながら両国のお店には一度も行ってません。

妹夫婦が継いだ「美味」は一度行ったけど、その違いに悲しくなり、二度目はありませんでした。

今でもたまに、入った中華料理屋のメニューに、トマトと玉子の炒めを発見し、注文しますが、全く違うのです。

もう二度と味わえない味なんでしょうね。

あの夫婦はお元気かしらん?


次回は我が地元、三ちゃん食堂の鯨ベーコンにいたしましょう。

二度と味わえない味 2

昔、セブンイレブンは朝7時から夜11時までやってるって言うことだけでスタートをしたんですわ。

これだけでも、当時は凄い!と思ったものです。

今じゃ24時間やってるのが当たり前になっていますが、やっと24時間営業になった時分は、飲んだ帰りに寄るセブンイレブンの眩しかったこと。

夜食に唐揚げ弁当とか買って、家帰ってから食べられたんですから、若さって凄い。

極々稀に今でも、熱い血がたぎって夜中にコンビニ弁当買って食べちゃう時がありますが、次の日のもたれ具合が酷いっす。

そんな後悔を繰り返し、大人になって行くのね。

その当時、寒くなるとセブンイレブンの力入れて扱っていたのが、じゃがまるくん、です。

じやがいものマッシュポテト風な団子の中に、玉ねぎのきいた挽肉が入っていて、これを店でチンしてもらったなら、当時のオイラはエンドレスに食べ続けられましたぜ。

エンドレスに出来なかったのは、お金か続かなかったのね。

当時はビックリするくらいに貧乏で、ティッシュペーパーに醤油をしみ込ませてしゃぶって、飢えを誤魔化した日もあったくらい。

貧乏ってのがいいスパイスになって、じゃがまるくんは旨かったのかも、ね?

何年か前に、セブンイレブンで一瞬、復刻したんです。

旨かった、だけどやっぱり当時の感動はなかった。

今なら5個くらいまとめて買えちゃう余裕が味を落としているのです。

二度と味わえない味、だったんですな。

貧乏の時には飲めた安い酒も、今では飲めません。

でもあの頃は、旨いまではいかなくても充分に満足出来ていた味なんですが、ね。

人間とは欲深い生き物っすな。

貧乏は最強のレシピなり!byゲンタ。


次回は…

学芸大学駅上海料理「味味」な予定。

二度と味わえない味 1

昨夜無性にシリーズ化したくなりまして、思い立ったら始める時かな?と。

あんなに美味しかったのに、もう二度と味わえない味ってありますよね?

この虚しさ、オイラは失恋より後に残ります。

ここでその味を懐かしむ、そしてもし皆さんの中で同じ味を知っていたなら、気持ちだけですが抱き合って涙しませう!

このシリーズを考えてたらいろんな二度と出合うことない味を思い出しました。

第一回目の味は…

渋谷「三裕」

渋谷は山手線のガード下、日も当たらない三坪ほどの、誰が見ても汚いトンカツ屋「三裕」。

初めて行ったのは18歳の時、音楽プロデューサーの小泉さんに連れられてだった。

実家が下請け工場だったのでオヤジには、一人前になる為にはどれだけ先輩に奢ってもらえるか!が勝負だぁ!なんて吹き込まれていたが、18歳ではまだあまり奢ってもらった経験もなく、だからこそしっかり覚えているものです。

店のオヤジは、苦虫噛み締めた顔とはコレ!ってくらいに愛想がない。

黙々と仕事をしている。

卓上アンテナで映るテレビは山手線が通る度にグシャグシャになる。

カウンター6席、4人掛けと2人横並びのカップル席(初めてのデートには向いてませんぜ)でパンパンになり、外では数人が待って並ぶことも。

店が愛想ないので、客同士暗黙のルールってやつで、席を譲り合う。

ま、お隣とピッタリくっついて食べるのですな。

たしかメニューは、特ロース、ヒレ、ロース、とんかつ定食だけだったような。

いつもロース定食¥1000でしたな。

トンカツは、茶色になるまで良く揚げるタイプ。

ソースは自家製の辛口と甘口があり、それをオイラはブレンドしていましたな。

出来上がるまで、目の前を歩くチャバネ君を眺めていると、菜っ葉の細かく刻んだ漬物が出てくる。

これには、ジョリジョリするほどの化学調味料がたっぷりかかっている。

これがガード下にはいい味なんだな。

トンカツはもちろん、白米、キャベツ、味噌汁までパーフェクトなトンカツ屋だった。

長居する客はいない。

食べたら次の客の為にサッと出る。

かなり通ったし、後輩に渋谷でご飯奢るならここが一番ボリュームも味も喜ばれ、オイラの懐にも優しかった。

つい二年くらい前まであったのに、急に閉店した。

一瞬に働いていた奥さん(テレビばかり見ていた)が病気の噂もあり、最後のほうはオヤジが一人で、相変わらず苦虫噛み締めた顔で「いらっしゃい」とか「ありがとうございました」とか、似合わない事を言っていた記憶がある。

この店の後期、渋谷TheROOMでイベントを毎月やっていたころ、TheROOMのそばの八百屋さんの軒下で笑顔で座談しているオヤジをよく見かけた。

笑う時もあるのか?と。

きっと仕事に厳しい人だったんだと思いました。



次回は…じゃがまるくん、っす。
きっと。

それは突然に!


今日は、やっと日中に「檸檬」を読みました。

毎年必ず一度は読む短編です。

何故か?

それは毎年違う感覚でキラキラドキドキする唯一の文章だからです。

オイラ自身の今、が自分でわかるのです。

あの短編にちりばめられた文章が、夏のキラキラと人としてのささやかなドキドキを感じさせてくれるからです。

もう90年も前の文章なのに、オイラの今を自分で知ることができる。

今年も素晴らしかったです。

そして今日は、マルイの上のホールに岡本太郎作品を発見しました。

「高津」です。

なんか凄く変でいいです。

そんな夏をエンジョイしていたら、オヤジから電話。

お袋が熱中症で倒れ、トイレに行くのも大変だから助けてくれ!と。

オヤジはパーキンソン病で最近、体が思うように動かなく、力も無くなってしまっていますから、ダッシュで実家へ向かいました。

介護って、こうゆう事を毎日生活としてやるのかぁ、と考えさせられた一日でした。

動けない人間の重さって、ハンパないっす。

一瞬で足首を痛めました。

まぁ、大変な一日。

お袋ダウン、オヤジはヨボヨボ。

ついに長男として、家長にならなきゃいけない日が来た気持ちです。

お袋のパンツを初めて履かせましたが、なんとも言えない哀しみがありますな。

長男がやってやらねば、なんですが、やはり初めてパンツを履かせるのにはなんとも言えない哀しみがあります。

飯を作り、体を起こしながら二人羽織りのように食べさせて、水分を取らせて、両親の弱々しい会話を聞きながら帰ってきました。

明日は朝7時から病院に連れていきます。

もう、宮古島に移住どころじゃないですな、実家のそばに越さなければ。

今日、オイラの好き勝手にやれていた日々が終わりを告げました。

今の町も気に入ってるし、湘南にだって住みたかったですが、実家の近所を早急に探します。

音楽をやるのにイメージ沸かなくて出ていった町です。

そこで新しい生活をすることが、きっと長男の役目なんだと思います。

実家の町に戻ってイメージ沸かなくてミュージシャンとして冴えなくなったとしたら、オイラもそこまでの才能だった、と言うことですな。

仕事も、音楽も大切ですが、両親にはこれだけ好きな事をやらせてもらい、人前で長時間演奏しても耐えられる肉体をいただき、なによりも全てを許してくれるらぶ!で包んでくれたこと、感謝しています。

このところは、やっと対等になり、旅へ連れていったり、ご飯に連れ出したりしましたが、もうオイラが家長になる時期なんですね。

何かが変わった特別な日を迎えた心境です。

出来る限り、頑張りたいな、両親の為に。

じゃ、明日も早いので寝ます。

いただきます。

浅草の駒形どぜうにハマってますが、丸鍋一人前だと20匹くらい入ってるんですね。

いつも仲間と5鍋くらい食べちゃうから、100匹は食べる計算。

創業220年の駒形どぜうは今まで何匹くらいのどぜうの命を…なんて考えちゃうと美味しくないっすよね?

と言うのもこのシーズン、どこでも鰻、鰻とまぁ鰻にしてみたらいい迷惑な時期なわけでして。

江戸の老舗は、土用の丑の日は休んで供養する、なんて店もありますが、まぁ牛丼屋でも鰻やっちゃうくらいなのですわ。

美味いからね、鰻は。

駒形どぜうに戻りますが、駒形どぜうは鯨もやってます。

江戸時代の何代目かが、一番小さな魚と一番大きな魚を商いにしよう!なんて洒落たことを思った上での発想らしい。

鯨、昔は安くて、良かったんですがね、今は高いっす。

商業捕鯨で乱獲しちゃうのはまずいけど、今は鯨が多くなり過ぎて、鰯の値段が上がって鰯が高い魚になってしまってます。

鰯も安くて美味い魚だったからね。

反対派ももう少し考えておかないと、生態系が崩れますぜ。

そもそも捕鯨反対の運動は、アメリカとソ連の宇宙開発からの流れと聞いています。

当時アメリカは宇宙開発がソ連より遅れていました。

ソ連の宇宙開発の弱点は、アメリカのように科学的に凍らないエンジンオイルを開発出来ていなかった、って部分。

ソ連は凍らないエンジンオイルを作る為に、鯨の油を使ってたんですね。

その鯨を取れなくすればいい…が捕鯨禁止キャンペーンとなるわけです。

アメリカが得意の、別の理屈付けて煽るやり方ですね。

それが飛び火し、形を変えて今も激しく残ってしまっているのですな。

最近じゃ、イルカ漁の映画が問題になっていましたが、フリッパーに出演してた人がイルカが可哀想って思うのは理解出来ます。

が、可哀想じゃすまない現地の漁師の苦労もあるわけでして。

食文化だってアメリカと日本じゃ違う。

正直、七面鳥の生きてるのを見たら食べる気になりませんぜ。

かわいいイルカを殺すなんて!って事を言う前に、戦争するなアメリカよ!ですな。

牛は食べてもいいけど、人間に近い能力がある海洋生物は食べたらダメ!って、いくら人間に近い能力があったとしても人間じゃないっすからね。

鯨もイルカも、殺すシーンをキャンペーンでは流してアピールしてますが、牛や豚がある瞬間に急に切り身になってパックに入って食卓に届くわけではない。

〆る業者の方がいて、我々は残酷さを忘れ、柔らかいお肉!なんて言って食べられるわけですから、ね。

オイラ、キューバでは豚とヤギと鶏を、カメルーンでは牛を〆てる現場を見ました。

魚の活き造りを食べるようなオイラが矛盾した話しですが、やはりその日は肉が食べられなかったです。

残酷と思ったら、野菜と豆しか食べられなくなります。

人間が生きるには仕方ないことですから、その動物の命をいただいて生きるしかないのですから。

食事の挨拶、いただきます、はお命いただきます、なんですね。

なんか町の土用の丑の日の鰻を見ていたら、あんなに捌いてちゃんと人の胃袋に入るのかなぁ?と鰻の命を考えてしまいました。

養殖だろうけどまだ、鰻の生態は謎だらけで、養魚を捕まえ育てるしかないのでして。

バミューダ諸島あたりの深海で産卵するらしい、ってことくらいしかわかってません。

まぁ、考えたら痩せちゃいます。

ただ、やはり食事をする際には一度、その食材の命を想い、いただきます、と念ずるのが何かと宜しいか?と。

オイラは早くおもいっきり鯨と鰯が食べたいです。

どぜう、お命ありがとう!

お陰で夏バテしてません。

疑問を明確にする為に

CDなどのソフトが売れなくなった現在、音楽ビジネスってどうすればナイスなのか?を悩むわけです。

CDとかのソフトが売れていた時代の多くのオイラが関わったライブは、レコード会社から宣伝費がおり、ほとんどが赤字でした。

大切なのは、事務所がレコード会社からどれだけ宣伝費を引っ張れるか?でして、そのお金をプラスしてライブをする。

お客さんのチケット代じゃペイ出来なかったのです。

事務所やレコード会社は満杯のお客さんのワイパーを見て安心して、次回の予算も出してくれた、ってことです。

そうやってお金を回していた時代は、正直お客さんとの接点は少なかった。

ビジネスとして大事なのは、沢山の制作費と宣伝費を動かし、面白いことをして、次に繋げ回すことだったんです。

このブログに集まってくれる仲間な皆さんにしてみたら、えっ?って話しでしょうが、この当時はソフトが売れ、沢山ツアーがあり、セットも派手で、あとミュージシャンも数多くの実験的な試みの制作ができ、音楽シーンも活気があったのです。

アルバムが売れるミュージシャンが何故?赤字のライブをやってたか?不思議でしょ?

このお金を回す、と言う経済をうまくやった人達が音楽業界にはいたわけです。

そしてその人達は、なかなかまだその時代のクセが抜け切らない現在でして。

今や、制作費も一桁低くアルバムを作らなきゃいけない。

昔は1~2千万円で1枚のアルバムを作ってましたからね。

今や百万にちょっと、なんてざらです。

売れないから金かけられない、金かけないで作るサウンドだから売れない…と、経済で言うデフレです。

ライブは、と言うと、オイラは昔っから体制は変わりませんが、周りも徐々にお客さんから評価されライブは続けられるんだ、と考えるようになったのはいい事だと思います。

が、赤字は作れないご時世で、本数やセット、バンドメンバーを少なくする、などまぁ、リストラに近い事態になっています。

でも、ライブ自体が誤魔化せないものになり、ちゃんとライブ出来る、どこでもライブ出来るミュージシャンが残っていく時代になったのは、音楽の活気をミュージシャン自らが提示していかなきゃいけない、カッコいい時代になったので、それはそれでいいかと。

問題は、ビジネスとして!です。

オイラ達ミュージシャンだって生活していかなきゃならないんで、お金は必要でしてね。

それをいただけるのが、ライブのチャージでして。

皆さんとの距離が近くなるほど、頂きにくくなるわけです。

オイラがシンバル一回叩いたら幾ら?みたいな事じゃないんで、明朗ではないんですな。

ソフトが売れた時代は、お金が回ってましたから、よく出所の分からないお金は入ってきたのです。

制作費しろ、宣伝費にしろ、個人が出したものじゃないので、よく分からなかった。

今は分かりやすいから、大変に気を使います。

音楽好きな方は、そのライブの時間を買ってくれているんだろうな?と解釈させていただいてます。

ありがとうございます。

まぁ、滅多にないですが、オークションなどで高額なお金を払ってライブに来られた方などは、どう接点を感じてプレイしたらいいのか?わからなくなってしまう時代なのです。

音楽事務所やレコード会社もビジネスとしていろんな手をうってきてますが、それ自体がミュージシャンとお客さんの接点を近付けるものであれば良いのですが、わざわざ壁を作るようなものだと、オイラはどうしていいのか?わからなくなってしまうんです。

この前みたいな、音霊みたいなムードでやれたらな、と言うのがオイラの希望でして。

すでに悩み入っちゃうイベントがこの夏、いくつかありまして。

そのイベントを制作するために努力して頑張っているスタッフがいます。

彼らの努力の分、スケジュールも押さえられている責任上、ステージには上がりますが、どう自分に決着付けて皆さんの前で演奏したらいいのか?を悩んでしまっています。

皆さんはライブに一人ひとりでやってきます。

オイラもその一人ひとりが満足するようにライブがしたい。

しかしパッケージ的には、不特定多数に向かってライブするか?のように思えてしまう。

それが虚しいし、その企画に対してもっと意見出来ればいいんですが、1打楽器奏者の声が届くイベントではありませんし。

そこで演奏することが良い!と考えて頑張って努力したスタッフもいる。

オイラは悩みながら、腹をくくって、必ず皆さん個人と接点があるようにイメージしてステージに立つように頑張りますが。

どこもイベントの売り上げ悪いそうです。

制作の根本を変えないと、夏のイベントは次々無くなってしまうでしょうな。

昔はイベントと言えば、出演者同士の意識が高く、ステージ裏は盛り上がって、集まるお客さんも同じ意識で空間と時間を作ったものです。

今、舞台裏は接点少ないしなぁ。

これは皆さんが頑張って変えられることじゃないですもんね。

オイラはこの夏、悩みながら、どうしたらいいのか!を明確にスタッフに伝えられる信念を形成します。

その為にも、腹をくくって、ステージに立ちます。

このモヤモヤがちゃんと説得力ある言葉になるためには、傷を負わなきゃなりません。

覚悟します。

夏一番美味いもの。

ニッカポッカな人達が、工事現場で休憩中なのか、みんなでガリガリ君を食べてました。

夏、こんなに美味そうなマッチングはありませんな。

夏バテは大丈夫っすか?

熱中症になってませんか?

夕方過ぎまで大汗かいてリハーサルした後のキンキンに冷えたジョッキでいただく生ビールほど美味いものはなく、アテは茹でたての枝豆か、焼き鳥3本くらいで2杯目を飲み終えた時に夏の至福を感じますな。

働いてないときのビールは美味くない。

うまくできてます。

働いてないときで唯一美味いビールは、ウィンディー前浜で飲むオリオンビールだけです。

オリオンビールが一番美味く感じる場所っすな。

毎日働くって事で味わえる至福があるわけで、オイラはその至福の為に働いているのです。

今日は久しぶりのオフ。

オフは飲まないのです、基本的に。

働かなかった自分に飲む資格は与えないのです。

これはこの数年、ツアーで作った習慣。

毎日飲んでたら体が保たないので、働いてない日は飲まない習慣をつけたら、休みの日に飲んでも美味くないのです。

子供の頃は漠然と、何もしなくてもいい大金持ちに憧れがありましたが、たいして稼ぎはないけど日々切磋琢磨して必死に生活している今が向いてます。

この夏、何回美味いビールが飲めるか?

その為に日々汗かいて頑張らなきゃいけない。

心の底からやりきった感を感じ、そのスカスカになった部分にキンキンな生ビールを染み渡らせるのです。

あ゙~!と声が出てしまうでしょう。

誰の為でもない、自分の為の一口目だから、自分に言い聞かせるような声を出してしまえっ!

それまでの苦労もビールの泡と共にシュワシュワと消えてなくなります。

そんな美味いビールをこの夏何回飲めるか?

大変じゃない人には至福の時も来ないのです。

頑張ろう!

最強夏伝説!

師匠に連れられ、桜木町と関内の間あたりの隠れ家的な食事処に行きました。

食事処の感動は後ほど。

師匠は、オイラが音楽をやり始めた中学生のころ、地元の楽器屋で店長をしていました。

今はベスタックスと言う、ギター、ベース、DJ機器を扱う会社の偉い人です。

オイラに飯の喜びを教えてくれた人。

レコードの早くチョイスする捌き方を教えてくれた人。

そして音楽理論ではなく、音楽の来るか?来ないか?を教えてくれた人です。

まずはこの人がいなければ、今の打楽器奏者ゲンタは存在しなかった!と思える人です。

大儀見元、ノラ、有賀のぶお、根岸孝旨、渡辺たかひろ、オルケスタ・デ・ラ・ルス…この辺りはいなかったかも知れません。

その師匠に連れられ行った食事処がまずいはずがないっ!

最高でした。

モロヘイヤの刻んだ小鉢から始まり、茹でたての硬めな枝豆、焼きなす。

そして生野菜の盛り合わせの素晴らしさ。

生トウモロコシ、きゅうり、夏の味でした。

理想の理想なイカの塩辛。

そして、こんなに美味い魚はないぞ!ってくらいな、とろける鰯の刺身。

酒の種類は少ないですが、抜かりない選択でシンプルイズベスト。

旬なものを提供する、と言うプロデュース方が、また次回に足を運ばせますし、季節と共に楽しみたいお店です。

京都に行けば、こうゆう店はあるんですが、東京にはあまりなく、あっても高価なんです。

川崎は、ありません。

桜木町に電車で行くのも、浅草に行くのも、逗子に行くのも、あまり時間的に変わらないのですが、ちょっと遠出の贅沢、ハマりそうです。

結局、時間的にはかかるけど、電車賃と喜びを計りに掛けるなら、時間がかかるだけで安上がりな至福ですな。

横浜な方は是非、トライしてみては?

「まる良」

あとは調べてね!

野菜でお腹いっぱい、って贅沢でしょ?

山口瞳さんの行き付けの店で、11時までに閉まるお店を絶賛していましたが、ここも10時30分ラストオーダー。

その時期の美味い野菜と魚を出してくれますぜ。

なんだか、良い夏してます。

こんな充実した夏は久しぶりだな。

10年過ぎても思い出せるようないい夏っす。

幸せは、歩いて来ない、だから歩いて行くんだね!ですな。

いい歌詞だ。

休まないで歩け!っす。

このくらいスッキリする歌詞の曲が今年の夏は欲しかったね。

やるか!

今日の帰りは頭にチーターが歌ってくれています。

正しい、を越えろ!

正しい事が全ていいわけじゃない。

と、昨日birdと話ししていました。

最近は日本中が正しい事をしていればいいと考え、正しいに敏感で、ヘタすりゃ正しくないものにここぞ!とばかりの攻撃をし、正しいことストレスが溜まってしまっている正しくない探しの方さえいますが。

正しい、は分かりやすいですからね。

でも正しいばかりの世の中で生活していたら窮屈でしょうがない。

カッコいいとか、素晴らしいは、正しいとは違うんですな。

いろんなフェスやイベントに呼ばれますが、その規模の大きさなのか?分かりませんが、正しいフェス、正しいイベントな感じがしてしまいます。

そちらの方が安心される方もいらっしゃるのは、ミュージックコンベンションをやっていて分かりましたが、正しいだけだと何を目指してライブしていいのが分からなくなる時があります。

簡単に、仕事だから、お金貰うから、と言えちゃえばニコニコ笑顔で叩いてね、楽なんでしょうが、オイラはそれが出来ません。

だから、目指しすところが見えなくても、来てくれる人達を想い演奏するようにしていますが。

昔みたいに、音楽自体が世の中でバブリーだったなら、言い方悪いですが勝手にイベントに人も集まるし、悩まずにやっちゃう事が出来たんですが。

今は想いと想いが繋がらないと、来るお客さんにだって何も残してあげられない。

残らなきゃ、次は来てくれません。

でも、大体のイベントやフェスは正しいんで、正しくやるしかないんですな。

正しい企画者は、正しくない探しの方からのクレームが来ないように必死になりますし。

飯屋に行ったら昔は、常連には一品多かったり、そんなスペシャルな扱いを受けたいがために頑張って常連になったりしましたな。

今じゃ、えこひいき!と言う地球に優しくない言葉でクレーム付いちゃうみたいで。

スペシャルな客になるには、客としての努力、客の日頃の頑張り、そして店との人間関係が生まれての結果なんですが、ね。

今はいけないらしい。

まぁ、店も常連とベタベタしてると入り難いお客さんも現れるだろうから、そっとスペシャルをし、受け取る側も何知らぬ顔で受け取るのが粋ってもんですが、最近は受け取った側がはしゃいで周りに言っちゃうからやりにくいんでしょうな。

正しいには慣れて、正しいから外れたスペシャルには慣れてないんでしょうな。

だからオイラも何でも気を使わなきゃいけなくて、疲れますぜ、現在。

正しい、がわかるなら、その先にあるカッコいいとか、素晴らしいとか、粋とかって何かな?と、さらに想像することをオススメします。

正しい、は正しいですが、今や人は正しいでは感動しません。

正しいに少しのアイデアを加えるのか、引くのかすれば、面白くなります。

みんなで正しい、を目指さなきゃ、クレームも少なくなりますしね。

オイラはちっとも正しくありません。

こんな暑い日は、スパイク・リー監督「ドゥ・ザ・ライト・シンク」を見ながら、オイラの記事の意味をさらに分からなくしてみては?

後味の悪い今日

土曜日の昼間ですが、外には出掛けられませんな。

暑すぎる。

今日は夜まで何もありません。

夜はオイラの師匠からのお誘いで桜木町へ。

3日連続で飲みますぜ。

夜までにこめかみにあるテキーラが抜けますように。

昨夜の濃いパーティーは、驚くほどのべっぴんも多かったなぁ。

しかし、出演者やDJ陣もすっかりいい年齢で、眺めるだけ。

なんか、いい感じな年月の経ち方をしみじみと味わいました。

オジサンも悪くないっすよ。

さすがに一昨日、昨日とで疲れてますわ。

しばらくライブは休み。

次は金曜日、名古屋でbirdとライブします。

頑張ろうっと。

なんか自分の行動の後味の悪さが残る昨日でしたわ。

まぁ、言ってしまったことはもう戻らない。

吐いた唾は飲まれへんぞ!ってやつです。

キツいテキーラとかは、口が悪くなりますな。

打ち上げ行かずに真っ直ぐ帰れば良かったな。

反省中っす。

朝帰り。

今年一番濃いんじゃないか?ってイベントでライブをし、打ち上げ付き合ってナウ6時です。

金原さんにリズムのレクスチャーしちゃうわ、弟分には文句言うわで、やりすぎ感がある一日でしたが、起きたら忘れます。

もっと音楽シーンを良くしたいから、よけいな事を多く語ってしまった、恥ずかしい一日です。

オイラのティンバレスにbirdが惚れてました。

ざまぁ見ろ!

イベントは、気が付けばみんないい年齢。

下が育って来ないのか?はたまたオイラ達が厳しいのか?

いろんな想いはありますが、今日は寝ます。

偏屈の美学

久しぶりに小説の主人公にグッときました。

正確には主人公としては書かれていませんが。

伊坂幸太郎著「砂漠」の西嶋に。

変な奴なんですけど、ね。

ニューヒーローっすな。

隠蔽捜査シリーズの主人公も、かなり偏屈で、だんだん味が出てきますが、それとはまた違うインパクトの主人公でした。

偏屈と言えば、故山口瞳さんもかなり古いタイプの男だったように思われます。

オイラの憧れの開高健さんと同じ会社にいて、似たような活躍をしたのに、全く違う性格に思います。

頑固オヤジって言葉が似合う人です。

その山口瞳さんの「行き付けの店」という本を今、読んでいるのですが、1軒目ですでに目頭にきます。

頑固オヤジなりの優しさが、たまりません。

曲がらない男の美学と、優しさがぶつかって偏屈になるんですな。

今、なかなかこうゆう男を見なくなりました。

山口瞳さんも開高健さんも、ある程度大人にならないと解らない男の美学を書きます。

それを理解出来る年齢になった自分が嬉しくなる文章を残してくれた作家です。

現在、そんなメッセージで文章を書く、カッコいい大人な作家はいないんじゃないでしょうか?

開高健さんは男にしか解らない!とオイラは断言してしまいたい気持ちがあります。

が、山口瞳さんは女性でも理解出来る頑固オヤジぶりです。

一度、読まれることをオススメします。

タンディーガタンディー!

宮古病がキツい時に後夜祭やれば、緩和するのかな?と企画したんですが、今朝起きたらなんか、かなり重症な宮古病になってます。

素敵な一日の後は、空っぽになっちゃうんですな。

bird、凄かった。

サルサ5、カマシてくれました。

キマグレンはさすが、主だったね!

山崎のアコギはいいよな!

プチミュージックコンベンション、リピーターの人もミュージックコンベンションの後夜祭らしかった、と思っていただけたかしらん?

初めての人も、ミュージックコンベンションの緩くて暑い感じが伝わったかしらん?

ミュージックコンベンションだと、その辺にミュージシャンがいて普通に過ごしちゃうから、夢壊しちゃうんですが、人間同士の関係はあったりするので、それもミュージックコンベンションってことで。

何人もの方とお話出来たし、宮古島以来の再開!って感じが嬉しかったです。

あまり余韻に浸っていると、今日の仕事が出来なくなりますな。

今日は、恵比寿リキッドルームで、井出靖さんの誕生日イベントに出てきます。

金原千恵子バンドで、ね。

昨日と打って変わって恵比寿ですから、気持ちの切り替えが必要っす。

これが終わると、ちょっと夏休みっぽいオフが出来ます。

あとひと頑張り。

浅草もやらなきゃ、ね。

9月5日に、実験的に行う予定!

「浅草ホリデー」と言うベタなタイトルでイベントしますぜ。

日曜日に、浅草を満喫するイベントをやりたいです。

9月29日に八王子で、田川ヒロアキwith琉球ホリックセッションも予定されています。

白根がいないんで、ドラムはオイラっす。

これもまた楽しみ。

10月5日も、一つライブを企画しています。

昨年、巨星となった妹分のASATOのライブっす。

奴を偲んで沢山のミュージシャンが集まります。

収益は、奴の想いをとげる形にしよう!とチャリティーライブになります。

まだまだ企画しなきゃならないことが多いっすからね。

「浅草ホリデー」も一回目が上手くいけば、定期的なイベントになりますし、ね。

もちろん、10月のチャリティーライブの企画が終わる頃には、来年のミュージックコンベンションの企画です。

一年なんて、あっという間です。

一生は短い。

おもいっきり楽しみましょう!

あ、逗子のヘソですが、残念ながらいいヘソは見つかりませんでした。

オイラの時代のほうが、ギャルもスタイル良かったのかなぁ?

たまに見るグラビアも、あまりスタイル良くないしね。

波の数ほど抱きしめて、の松下由樹が理想なんですが、逗子なら。

でも逗子の地元のバイトの娘はかわいい娘が多かった。

海育ちな、キュートという言葉が似合う娘が、ね。

なんて裏テーマは思ったほど盛り上がらなくても、イベントが盛り上がって良かった昨日です。

いい夏の一日2010。


いい一日だった。

全てのライブが良かった。

DJも良かった。

音霊のスタッフが良かった。

集まってくれた皆さんが良かった。

夕陽が良かった。

また来年、宮古島と逗子でお逢いしましょう。

リベンジ!

今日は絶対に夕陽が見られるね!

宮古島で今回見られなかった夕陽を、逗子で見ようぜ!

今、音霊に向かってます。

よい一日を!

どぜう、どぜう。

オイラのお友達、そしてミュージックコンベンションにかかせない宮古島銘菓バナナケーキはモンテドール社長がかれこれ一週間以上東京に来ていて、今宵はようやく共に食事です。

何、食べたい?

と聞くと、このブログの影響だろうな?「浅草!駒形どぜう!」となりまして、今宵もまた、どぜうしてきます。

どぜうの為なら、一時期少しかかる移動も苦じゃありません。

この猛暑には、どぜうっす。

明日は早いから、あまり深酒しないようにしないと、な。

昼飯を抜いてまで、今宵のどぜうに懸けてます。

オイラは、丸鍋オンリー。

それにゴボウをトッピングしてね、あぁ~。

箸休め的に鯉の洗いとね。

一昨日に行ったばかりなのに、クラクラします。

では。

溶けてますか?

暑い!

溶けてます。

明日は過酷です、きっと。

なんてったって、世界一暑いライブハウスですから。

熱中症には、宮古島以上に気を付けてくださいな。

過酷さはミュージックコンベンションを越えますぜ!

暑いんで、緩くいきましょうね。

多分、演奏者も演奏するのがやっとな暑さになるでしょうな。

空調ないですから。

痩せるよ!

もちろん明日は晴れ!

夕陽見ましょ、ね。

では、また明日!

覚悟して、着替えも持ってきてくださいな。

日々、感動。

井手さんのリハーサルしてきて、沢山のミュージシャンが出演するんですが、ゴスペラーズの村上には感動しましたわ。

ゴスペラーズはアマチュアの頃から知ってるんですが、村上のソロは初めてだったので、驚きました。

すごい歌でした。

さ、明日は大阪のFMのココロの生?か? 

昔、オイラとユースケでラジオやってたときのディレクターで、懐かしい人と逢うことになります。

楽しみだな。

ちわきさんの番組ね。

ちわきさんは宮古島ぶり。

明日も暑そうです。

人間同士として

オイラなり、オイラの関わったライブのファンだった人から、お友達になった事は沢山ありまして。

大抵、地方で逢うお友達は、出逢いはファンとプレイヤーの関係からでして。

ま、オイラがあまりにも町のおっちゃん風なんで、話込んでしまうことから、なんとなく、ね。

そして、その人もオイラをそこらのおっちゃんと扱ってくれる、と思った場合にお友達としてお付き合いが生まれるんですな。

このブログ内も、かなりその感じを逢った事もないのに醸し出している方が、多々いらっしゃる。

ファンとして、じゃなくあくまで人間同士としての関係でコメントを書いてくれる方が多くなって嬉しいかぎりです。

ファンとミュージシャンの関係は、オイラには難しくて出来てません。

偶像の中の人物みたいに過ごしていく事が出来ないようで。

オイラはもっと、人間同士としての関係を築き上げたいのですが、ファンの感じが好きな方もいるようですから、なかなか難しい。

人間同士として関係を築き上げたら魅力が半減してしまう感じがするのでしょうか?

ファンの方から、ファンとミュージシャンと言う関係を崩さないようにさせられているようなイメージがありますし。

そうゆう想いの人にもついつい、ひとりの人間として接してしまったり、このブログもファン向けじゃなかったりで、オイラの行動がファンを失望させてしまう事があるようです。

ファンの方には申し訳なく思います。

ミュージシャンでも、偶像化されたくないミュージシャンは沢山いるようで、その感じが世間で認められているミュージシャンのファンの方だとそんなに難しくないのですが。

まぁ、おっきなホールでライブやったりするには、偶像化でもしないと大変なんでしょうが。

オイラは今、ライブハウスに凝ってまして。

人間がそのまま出ちゃいますからね。

全国のライブハウス巡りをやりたいですなぁ。

人間同士がぶつかり合うようなライブを、ね。

理想とするなら、音楽好きな人達と音楽を演奏するミュージシャンが人間同士で作り出す時間と空間が出来るライブをやりたいですな。

このニュアンスを伝えるのが難しい。

わかる人にはわかる、わからない人にはわからない。

まぁ、一番この事を表現しているのがミュージックコンベンションなんですけど、ね?

ミュージシャンがそこら辺に当たり前にいて、ある意味で夢を壊すイベントと呼ばれています、ハハハ。

ファンとしてのポジションを続けたい方は、夢を壊すんでオススメしていません。

その分ミュージックコンベンションで、人間同士としてグッと距離が縮まった人達も沢山沢山います。

その人達とのコミュニケーションを取る為にこのブログがあります。

オイラは気に入っていますし、大切な場所です。

やっぱり、ファンに向けたメッセージとかは苦手なようでして、オイラはこのスタイルを貫く!でいいっすよね?

ミュージシャンも、皆さんも、日々一生懸命生きて、どっちが偉いわけでもなく、同じ空間で同じ感動をするようなライブ活動をしていきたいっす。

そのイメージでおっきなホールやったり、広い野外やったりしたいね。

まだ日本ではなかなかないんだよね、そうゆうライブ。

最高な浅草の夏!

ウチの若いの連れて、休日の浅草は駒形どせう創業220年に、夕方四時くらいからいきまして。

アテは鯉のあらいと、玉子焼き、あとはひたすらどせう鍋。

あ、鯨の甘露煮もいただきやした。

飲むは、地元アサヒは特選プレミアム。

これがエンドレスループでして。

3人で6鍋をいただき、ネクスト!まだ浅草は明るい。

ちょっと先の並木の藪に行きまして。

樽酒飲んでね、蕎麦味噌ツマミに。

ザル、最高ね!

蕎麦湯も、ね!

で、打ち合わせのバーまで、休日の浅草をシュミレーションして、ね。

バーも良かった。

いろんな問題は片付けなきゃ始まらないんだけど、やっぱり浅草ですよ!

打ち合わせ、8時くらいに終わって、かゆい所まで手が届かなくって、知り合いの所とか、某バンドの浅草に住んでるらしい人に連絡しまくりながら、煮込み通りを歩いていたら、ミュージックコンベンションな仲間に声かけられ…すっかり酔ってます。

浅草のホッピーは利くね!

このまま、浅草にいたい気分だったぜ。

駒形どせうは、麻薬です。

夏に行ったら肥ります。

いやぁ、いい夏でした。

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